キャリアカウンセリング/キャリア開発のための人事講座(47)扶養手当

★ チャーミーグリーン

 チャーミーグリーンという台所用の洗剤のTVCMをご存じの方、多分私と同世代と思います。この宣伝では仲の良い、若い夫婦らしき二人が手をつなぎ、踊りながら(?)歩いているのに触発されて、お年を召されたご夫婦もつられて手を取り、歩き出す−という情景が、場面を変え、登場人物を変えて映し出されていました。これがそうだというわけではありませんが、特に家電や日用品のTVCMは、標準的な日本の家族構成を映し出していたように思います。私事ですが、ここ数年というものテレビを視聴する時間が平均して週に15分を切っているので、最近のTVCMにはどんな家族が登場するのかよく分からないのですが、現実の世界では、私たちが想像する日本の標準的な世帯は、標準的ではなくなっているようです。
 「平成16年版少子化社会白書」(内閣府)に家族構成の今後の予測が示されています。それによると、私たちが標準と思っている家族構成「夫婦+子供」の比率は、2000年には31.9%だったのが、2005年には29.9%と3割を切り、2025年には25%を切ることになりそうです。代わりに増えているのが「一人暮らし」。2000年には27.9%だったのが、2025年には34.6%と逆転してしまいます。少子化社会白書では、こうした家族構成の変化も少子化を加速する原因の一つとして取り上げています(ちなみに夫婦だけの比率は2000年が18.9%なのに対して、2025年は20.7%。一人親と子の比率も2000年から2025年にかけてはあまり変わらないのでまさに、家族から単身世帯へと移っている感じです)。
 少子化対策といえば、企業にも取り組みが要請されています。その最たる例は育児休業制度でしょう。このほかに、女性の方が働きやすい環境を作る、育児などで一度組織内でのキャリア形成にブランクが生じても後でその続きができるようにするといった取り組みがなされています。男性が子育てに参加しやすいようにするという動きもありますね。男性が育児休業を取得することをもっと進めようという議論もあるようですが、それよりも、定時に帰る日を増やして託児所へ夫婦どちらもが行きやすくするということの方が実質的で役に立ちそうな気がします。
 一方で、女性の方が育児に専念できるような環境にする方が少子化対策としては有効だという見方もあります。この意見には、このところ目を引く犯罪の低年齢化、凶悪化の原因が家庭教育の不十分さにもあるのではないかという見方も見え隠れします。
 働きながら子育てをする環境を整えることと、働かないで子育てに専念できる環境を整えること−どちらが本当に有効なのかということに結論を示すだけの材料は持っていないですし、私の専門領域ではないので結論は示せません。強いていえば、どちらも選択肢として選べて、どちらを選んでも不利にならないというのが、欲張りなようですが、個人の生き方、働き方を尊重する意味ではよいと思ってはいるのですが‥‥。ただし、その場合、選ぶ方も自分の生き方、働き方をどうしたいのかを考えておかなければなりませんが(できればパートナーの方とご一緒に)

★ 扶養手当・家族手当

 ただ、こうした論議、特に企業サイドの取り組みがというときに思い起こされるのが、「家族手当」「扶養手当」という、家族の数に応じて支払われる手当です。結婚したり、子供が生まれたりしたら、その人数に応じて手当てを支給しようというものです。多くの場合、対象者は被扶養者に限られていて、配偶者は金額が大きく、子供はその半分くらいかそれ以下。また子供にも2人目からは金額が少なくなったり、2人目までは支給するが3人目からは支給の対象としないといったような制限を設けている例もありました。ありました−と過去形なのは、ここ数年で廃止されているケースが非常に多いからです。
 もともと手当というのは基本給でカバーしきれない部分を、文字通り「手当て」するという意味のものでした。つまり家族手当や扶養手当は、「食い扶持が増えたから大変だろう、その分、月例報酬額を引き上げて、暮らしの足しにできるようにしてあげよう」という性格のものだったわけです。この手当が普及した時期は高度成長期ではなかったかと思います。当時は、もともと標準生計費を元にした賃金カーブ(横軸に年齢、縦軸に平均月例支給額を取ったときに描くカーブのこと。多くの場合、なだらかなS字カーブになる)を設定していました。標準生計費は各年齢ごとに示されているのではなく、家族構成別に算定されていましたから、だいたい○歳くらいで結婚し、○歳で子供が生まれて・・ということを想定し、家族構成が変わる想定年齢と該当する標準生計費を結ぶように賃金カーブを描いていました。ですから、実は子供が増えたからといって月例報酬額を引き上げる必要はないのです。しかし、インフレ経済下でしたから、賃上げ圧力が強く、それに対応する形で、手当が導入されるケースが多かったのではないでしょうか?
 賃金カーブを上にずらすとすべての社員に反映することになるので、人件費への反映の程度はとても大きくなります。それでは大変というわけで、結婚した人、子供ができた人だけに限定する方法はないかということで、扶養手当、家族手当が登場したわけです。手当なら、事由が発生すればその人だけに支給すればよいし、事由が無くなれば支給を停止することもできるという発想もありました。
 手当廃止の背景は成果主義賃金制度の導入によるものと見られる向きがありますが、実はそれ以前の年俸制度がブームになったときに、年俸に含めるという形で多くの手当が廃止になりました。扶養手当・家族手当もこのときに無くなった例が多いと思います。
 しかし、一方で、まだ扶養手当・家族手当を支給している会社はあります。たとえばファミリーでにぎわっている居酒屋「和民」を展開している、ワタミフードサービス株式会社。労政時報によればこの会社では敢えて扶養家族手当を支給しているそうです(註:この記事を書いている2004年の頃の話です)。その理由は「基本給は役職別で、同じ店長であれば年齢にかかわらず貢献は同じだから同額だ。一方で、私(渡邉美樹社長=当時=のこと)は社員を家族だと持っているので、扶養家族手当や子の教育手当をなくすつもりはない。個の部分は本人の働きと関係がないが、結婚すればお金もかかるし、子どもができれば教育も必要だ。社員を成果だけで処遇しようとする企業も増えているが、こうしたバランス感覚は大切だと思う」とのこと。
 コンサルティングをしていて思うのが、ブームに乗って人事制度を改訂することの危うさです。先の年俸制にしても、なぜ年俸制にするのか、自社に必要があるのか、ということを吟味せずに、他社でうまくいっているらしいからうちも“同じように”しようというところが少なくありませんでした。結果的にはうまくいかなくて、定着しなかったりというところが多いです。その意味では、きちんとしたポリシーを持って扶養手当・家族手当を支給しているのは「立派」だと思います。
 ある会社で廃止を検討したとき、それを止めて、全員に均等に配りましたらどうなるかを試算したことがありました。結果は、数千円ずつ増額するだけでした。数千円でも増えれば良いではないかという意見もあるかもしれません。でもよく考えてください。もらう側から見てうれしいのは、増えた月だけです。後は毎月その額だから、あって当たり前にしか見えないのです。「家族が増えたんだね。責任を持って働きなさいね」。そんなメッセージとともに手当てを支給することの方が効果的かもしれません。それが人事戦略面での「特徴づくり」です。よそではなくてうちの会社で生き生き働いてもらうための方策です。
 扶養手当・家族手当を支給しましょうというわけではありません。うちはそんなことは考えないのだ、なぜならば‥‥というのも自社の特徴づくりですから。トータルの報酬水準では他社に引けをとることがあっても、手当を含め様々な面での「差別化」を展開すること−そうしたオリジナリティのあるポリシーが、人事の面でも求められているのです。我が社に必要な人事施策は、他社の物まねではすまないのです。

★ 建設的に考えよう

 ところで、今週の日経ビジネスエキスプレスで(註:これも当時の話)、前花王会長の常盤文克さんが少子化について次のような考えを示していました。ものごとの過去や未来を考察するために欠かせない3つの視点として(1)建設的なアンチテーゼ(対立する主張)をぶつけよう(2)悲観的な発想から脱出しよう(3)米国の後追いはやめよう──ということを指摘した上で、この視点に立って、少子・高齢化について「子供の数を増やしていくことで、果たして問題は根本的に解決するのでしょうか。むしろ人口は減っていくという前提で考え、それを受け入れて議論を進めるべきではないでしょうか」「子供を産ませて人口を増やす仕組みではなくて、少子・高齢化を生きていくための新しい社会モデルを作ろう」「これ以上は子供が増えないということを受け入れて、出発点とする考え方」を持ってはどうかと提言しています。
 戦争ではない理由で人口が減っていく社会。世界ではじめてのこの状況に日本がはじめて挑むのですね。これは、すごいことかも。
 

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