物はなんのためにあるの?【ヨーガスートラ2-21】見られるものは、見る者のために存在する
「物(=物質)は、それを通じて経験をするためにある」とヨーガスートラの著者パタンジャリさんが言っています。
例えばパソコンは、マウスのためでもなければ、USBのためにあるのではなく。
パソコンは、それを使う人のためにあります。
人に限らずパソコンを使って起こる経験や、出会い、知識や存在するものにもあります。
物は使う存在としてあるものです。
生きている人や動物が学び、そして経験を得たり、重ねたりするものであります。
仏教では「諸行無常」という言葉があります。
(この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。)
物は変わりゆく存在で、一瞬たりとも同じ物はなく、変わらない存在から生まれてくるものだということです。
物との関わりは、依存するものではなく、自分自身が使っていくものとして関わっていくことで、沢山買ったりせず必要なものだけで充分だということを改めて考えさせてくれる章になるかと思います。
読んでいただいてありがとうございました。
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