同志少女よ、淫夢語録を使え。

下北沢にまだ野獣邸があった頃の話です。
昭和1942年、戦争が激化するなか私は淫夢中隊に動員されました。
私はAI拓也投稿者でしたが、淫夢厨は少子高齢化と戦死で数が少ないので私のような激エロのモロホストや淫乱ボディビルダーにまで赤紙が届いたのです。

淫夢中隊は、最悪でした。
BB劇場、語録連呼、冷笑、差別、露悪はもちろんの事で、訓練中に「お前の事が好きだったんだよ」といきなり掘られたり、トレーニング中にチンポをしごきあったり、基地の医療物資から横流しされたヒロポンでキメセクしていたりと、軍紀というモノがありません。というか、誰も訓練に参加していないので軍隊と呼べるかどうかもわからないものです。

情報伝達は全て淫夢語録で行われるので、拓也さん語録しか喋れない私はすぐにいじめの標的になりました。
アナルにヴーヴ・クリコを注ぎ込まれたり、水中ブリッヂ3分間を強要されたり、その他鞭、ろうそく、フィスト、窒息、筋トレ、拷問、この世の苦痛を伴う物は全てを経験したと思います。

そんな私にも気を遣ってくれる人物がいました。それは田所中隊長です。
ある日、田所中隊長は、いじめの標的になっている私を目撃して哀れに思ったのか、彼の住む宿舎に呼び出してくれました。
彼は私の前に座ると、わたしの心臓を手で引き抜き、その隙間に「 」を入れてくださいました。
自分でも心臓の代わりに何を入れられたのかはわかりません。しかし入ってきます、無修正淫夢本編、野獣先輩がホモビデオに出演した理由、多田野投手の性的指向、騙されて出演した淫夢ファミリーの過去、経歴、名前、その全てが。

その瞬間この心臓は淫夢の全てである事を理解し田所中隊長に感謝を述べると同時に告白します、「この国の淫夢を愛している」と。

私たちは戦いました。淫夢を脅かす脅威やポルノたちと。
淫夢の総てを理解した私に敵はいません。私の中には淫夢を超える存在強度を持つコンテンツというのは存在しないからです。
田所中隊長と共にインターネットの戦地を駆けて全ての戦いに勝ちましたがそれでも私達の戦況が有利に傾くことはありません。

田所中隊長との共闘生活は突然終わりを迎えました。
中隊長はある日、死地秋葉原へと転属になりそこで中華ソシャゲのポルノに囲まれながら玉砕したと聞きましたが、真相は今でもわかりません。


昭和2023年、敗戦した下北沢にかわり新たな統治者が君臨しました。
国旗は日の丸から「青春の物語Blue Archive」の文字が刻まれたシンプルなナードフラッグへと変更され、かつてランキング帝都を埋め尽くしていたBB劇場や素材たちは占領軍によって抹消され、多くのヘンタイアートやヘイローを持つ女性たちのアートが登場し、私は悟りました。
下北沢は戦闘に負けただけではなく、総てにおいて負けたのだと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?