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【すれ違いから始まり(序章)】*熊こうすけさんとのコラボ作品

01:飯島 朱音(いいじま あかね)

表参道を、いつもの二割ほど早足で目的地へ急ぐ。
街中の色彩に目が留まり、通りのショップをあちこちチラ見してしまう。

80年代DCブランド全盛期にハウスマヌカン歴のある「彼女」は、ファッション好きな女性たちの憧れの存在だった。それなのに本人は、この時代を「汚点」だと思っている


「んはぁ! こりゃー間に合わない!」

明治通りにあと80mという辺りで、朱音は約束の時間に到着できないことを予想した。

ジャケットの薄っぺらい胸ポケットから携帯電話を出し、大急ぎで電話する。相手はローズ。
ローズは「素」で話ができる女性で、月に5回は会う仲だ。

《お客様のお掛けになった電話は電波の届かな……》

「あああ。まただ。まったくアイツは!もぅ!」

日ごろ電話することがほとんどないローズは、出かけに「ケータイ」を携帯しないことが間々あるのだ。
何度もそれで待ちぼうけをくらった朱音は、通話不通のアナウンスを聞くや、ローズが家にケータイを置いてきたと直感した。

「まったくルーズなヤツめ」

朱音は、自分が約束に遅れることを棚にあげ、喉の入口あたりで呟いた。

横断歩道の信号が点滅し始める。朱音は走り歩きで一気に渡りきった。
その先の斜め右方向の細道に入ると、3メートルほど先に見覚えある後ろ姿の女性がのろのろ歩いている。

 *

02:ローズ

「ローズ!」

不意に名を呼ばれたローズは、ギクっと立ち止まる。

ゆっくり振り返ると、長身でモデルのような装いの性別不明な人物が急ぎ足で向かってくる。

「ぁあ。朱音かぁぁ」
「ぁああ、じゃないよ! また電話忘れただろー」
「……は。そうかも」
「『かも』じゃないよっ。……ま、でも会えたから良しとしましょう」

『ローズ』という呼び名は、バラが死ぬほど好きだからという理由で名づけた。というのは後づけで、「君はいつもルーズだ」と言われるのを覆そうと似た響きの言葉を探っていたら、思いのほか身近に転がってた。

あたしはバラ(ローズ)が大好き!


普段のローズは、ほぼスッピンで、髪は首の付け根あたりでザックリ束ねただけ。そのしばり方もルーズ。

一度こころを開くとアリ地獄に落ちるように相手にハマる「癖」があることを自覚して、なるたけ人と眼を合わせないようにしている。

そんなローズが唯一「素」でいられるのが、飯島朱音だった。


これから二人は、最初に出会った店で久しぶりに食事をするのだ。

 *

03:上司

店につくやドアが開き、ガタイのよい男がのっそりと出てきた。

「ぅひゃ!」

よそ見をしながら喋っていたローズが、男にぶつかって小さな悲鳴を上げる。


男の名は「上司」。ジョウジと読む。

父親が、“出世できる人になれるように”という願いを込め、海外でも呼びやすい名を付けたと聞かされたが、本当のところは分からない。
中高生時代は予想どおり名前がキッカケでイジられ役になり、それでも温厚なジョウジはユーモアで切り抜けてきた。

余談だが、企業勤めのないジョウジは「上司」の役目を担ったことがない。

「あ、すみません」

よそ見をしてぶつかったのはローズなのに、謝ったのはジョウジだった。

次の瞬間、今度は朱音が声をあげた。

「あ……ジ、ジョウジ?!」

……この中性的な人物は誰だ?

ジョウジは訝しげに細い目をさらに細めて、静かに朱音を見つめた。

「ジョウジ、だ、すよね?」

朱音は自分を落ち着かせるように、もう一度問いかける。
日本語がおかしい。
無理もない。ジョウジは、失踪して朱音の前から消えた(元)夫なのだ。

十数年ぶりに朱音の姿を見たジョウジは、朱音の変わりように面食らって細い目を見開いた。

とそのとき、視線を目の前のおとこに向きなおしたローズが声を出す。

「……あ、先生。……司……上司(ジョウジ)先生、だ、よの?」

こちらも日本語がおかしい。
無理もない。ローズが通っていた英会話スクールで、アメリカ人と偽り英語を教えていたジョウジ。それをローズが暴いて一波乱。結局ジョウジが解雇になったという苦いエピソードがあるのだ。

ジョウジは痛々しい過去を一瞬にして思い出し、見開いた瞳をまた閉じるように細めた。

ほどなく三人は無言ながらも状況を察知し、そのまま店内へ入っていった。
ジョウジは、つい今しがた出てきた店に、再度入っていったことになる。

三人は、ひと晩中、店から出てこなかった。

04 すれ違いから始まり(序章)

《一ヶ月後》

店の裏口から声が聞こえてくる。

「ローズ! またケータイ忘れてるよ!」

朱音だ。
外向きの顔つきに変身させつつ出かけるローズに向かって叫んだ。

ここは、二人が出会った店。
オーナーは、ジョウジ。
裏手には住居があった。

三者三様「素」を見せ合いつつ、ほどよい距離感で穏やかな暮らしが始まっていた。

〔了〕



◆ 以下、本文外です—————————

今回、熊こうすけさんのドローイング3枚にインスピレーションを得てショートストーリー化しました。画像もお借りして挿入させていただきました。

身体(からだ)から身体(いしき)へ
〔ドローイング〕@ 熊こうすけ氏
https://note.mu/koba20/n/na7cb1fbd0c5f 


で。物語に関しては、実は2000字で収まらず、今回SSF参加作品として2000字バージョンとしてまとめています。続本編を後日に発表予定です。
ご興味持ってくださいましたら、またその際はご覧いただければ幸いです。

こころよくドローイング作品画像をお貸しくださいました、熊こうすけさんに感謝もうしあげます。もうしばらくお借りして、さらに内容をまとめていきます。今後ともよろしくおねがいします♪

熊こうすけさんの、フリーダムで色彩鮮やかにして味わい深さ満載の作品オススメです! ぜひご覧になってみてください♪
https://note.mu/koba20/ )
原画を「BASE」と「メルカリ」でも販売していらっしゃいます。