ベストフィッシュ、鱈
よく聞いているネットラジオで、「ベストフィッシュ」という企画をやっていた。
その名の通り好きな魚ベスト3を挙げてそれについて語る企画だ。
テーマが素朴でかわいい。
自分にとってのベストフィッシュはなんだろうと考えた結果、1位はタラということになった(2位はサケ、3位はブリ)。
タラはサケやマグロなどに比べるとマイナーというか、存在感はない魚だと思う。私も正直鍋くらいでしか食べたことがない。
それでも私の中でのベストフィッシュはタラである。
その理由に、作家・江國香織さんの『やわらかなレタス』というエッセイ集の影響がある。
この作品は食事の場面や食べ物そのものに関するエッセイ集で、2010年頃に連載されていた文章を単行本化したものなのだが、これを私は何度も何度も読み返した(し、きっとこれからも読み返す)。
この本の中に「鱈のこと」という章があり、それを読んで初めてタラという存在にちゃんと意識を向けるようになった。それまでは世に数ある魚の中でどれがタラなのかすら分かっていなかった。白身魚のことをサケとそれ以外の2つでしか認識していなかった。
江國香織さんは、タラについてこんなことを言っている。
思慮深いなんて言葉、私は人間にすら使ったことがない……
この後の本文でも触れられているように、これは実際の魚の性質を取り上げて出た言葉ではないしこの人の主観的な文である。
けれども、私は人の意見にすぐ流されて影響を受ける質であり、何より江國香織さんに超絶憧れているので、あの優しくて繊細ながらもどこか確固たる世界観がある文体で言われると確かにそんな気がしてしまう。
根拠のない感覚を美しい文章で肯定してくれるこの人が好きな魚だから、私もタラを愛す人間になろう、と思って今に至る。あと普通においしいし。
そんな訳でタラが不動のベストフィッシュなのだが、好きな理由はこれだけではない。
タラは、「ピングーの魚」そのものなのだ。
ピングーというのはあのペンギンが出てくるクレイアニメである。
2、3歳の頃、私は延々とピングーのビデオを観ていた。それはもう延々とだ。23歳の今でも内容がほとんど思い出せるくらい観ていた。
当時の私は、ピングーというキャラクターが好きというより、粘土で作られた食事シーンに目が釘づけになっていた。
これを観てほしい。
食卓に並ぶ魚、野菜(のようなもの)、芋(のようなもの)……粘土なのでただそこにあるだけでは全然おいしそうでもなんでもないのだが、ピングーたちが食べると何故かとてもおいしそうに見えるのだ。
食べ物が口の中で潰されて、ぐっちゃぐちゃになる様子(文章にするとめちゃくちゃ汚いな)に不思議と目が釘付けになる。
当時は食事のときに肘をつけるな音を立てるな渡し箸するななどと言われて結構気を使っていた記憶があるので、擬人化の範囲からは外れない程度に動物らしく食べているピングーたちが自由で羨ましく思えたのかもしれない。
話は飛んでしまったが、タラである。
タラの食感が、私が思い描く「ピングーに出てくる魚」そのままなのである。
少し力を加えるとすぐに解れて、口の中で簡単につぶせる。味も濃くなく淡白で、際立った特徴がない。ザ・白身魚。記号になり得る特徴のなさ(褒めている)。
タラを食べていると、ピングーのお行儀悪くて楽しそうな食べ方が頭に浮かぶ。
そんな訳で、私の中でタラは繊細で素敵な女性の象徴であり、自由の象徴でもあるのだ。
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