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夕暮の思索Ⅰ

あれは中学三年の冬だったと記憶している。

現代国語の授業だった。僕はいつものように先生の声をBGMにしながらぼんやりと外を眺めていた。

「皆さん、恋人との位置関係はどういうのが理想的か分かっていますか?」

こいつ、いつものしょうもない雑談と違ってちょっと面白い話し始めたな?そう思った僕は、耳だけを教室に向けた。
「分かるか?じゃあ○○、答えて。」
先生は或る女子生徒を当てる。
「向かい合って……とかですか?」
話の意図を掴みかねながらも、なんとなく理解しはじめたのか周りの生徒もやんわりとうなづくようなしぐさを見せる。
「それは何も分かってない人の意見やね。正解は"並んで同じ方向を向く"。これ。」

教室内がざわつく。一人の生徒が問いかける。
「でも先生、そうするとお互いの顔見れなくないですか?」
先生はふっと軽く鼻で笑ってから、こう返した。
「そんな必要はない。揃って同じ方向を向けることこそが大切なんや。」
「大人になってから先、付き合って遊んではい終わり、というわけにもいかんやろ。落ち着いて将来を一緒に見据えられること。これが一番大切ですね。」

そこから先の話ははっきり覚えていない。教科書の話に戻ったのかもしれないし、また中身のない雑談に繋げたのかもしれない。今思えば、15歳のお子様達には難しかったのだろう。完全には納得いかないらしく憮然とした雰囲気が伺える女子、自分には関係ないなと流すクラスメート、この話以前から熟睡していた友人が居たのは覚えている。僕はというと、その考えを素直には受け入れられない青さを自覚して、関係ないように振舞いつつ気恥ずかしさを感じていた。

時は流れて十余年。大学生活も半ばになった今の僕には、この時の先生の言葉の意図が汲み取れるような気がした。

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