吾の遍歴と芸術に対する持論について。その1

生きることは表現することである。
腹が減ったと宣うことも、仕事が辛いと溢すことも表現である。無論、動物が獲物を捉えることも、子を為そうと励むのも表現である。ともすると、自己を表現することは遺伝子に刻まれたものなのかもしれない。そんな表現に関して、吾が今までたどってきた道筋と、今の向き合い方を書いていこうと思う。

翻って吾に置き換えて考えてみた時、吾にとって表現する方法とは何であったのかを思い返して見ることにする。吾も多分に漏れず人並みに駄々を捏ねたり泣きじゃくったりしたものであるが、ここでは一旦それらを措き、所謂人間のみが可能である表現方法について論ずることにする。

吾が初めて触れた表現方法は音であった。自分の意思を発する音に込めることにより、受け取る者に何らかの意図を感じさせられることを知った。それは音楽と呼ばれていた。幼き日の吾は父の手解きにより、物心も怪しい時分に様々な音楽を聴かされ、面白さに魅了されていった。物心が付き吾が「園児・児童」と呼ばれるようになった頃、それならばとばかりにピアノを、つまり他人の意図を汲むだけでなく自ら表現する術を習うことになった。音楽は好きであったし、自己の表出も嫌いではなかった。そのため最終的には十余年ほど習い、一番続いた習い事となった。

続いたとは言ったが、吾は早々に気づいたことがある。それは才能と環境には勝てないこと。吾が数週間かけてさらうものをものの数秒でさらう同輩。練習時間を割いたとしてもその時間を他の事に使う同輩。習う時間を増やしたり機材や練習場所をいとも簡単に入手する同輩。こんな連中が沢山いた。彼らを前にし、同じ土俵に立たされた時、感じたことがある。なに、同じ道を無理に歩んでリソースを消費することはない。自分から土俵を降りれば良いのだ。それは負けや逃げではなく文字通り転進なのだ、と。当時はこんなに整理された言葉は出なかったが、今で言うこういう考えが浮かび、何かが切れた。音楽が好きな気持ち自体は裏切れなかったので、あくまで楽しむためのツールとして長く付き合っていくことにした。幸いそれの典型例が身近にいた父であった。彼は中高大と管楽器を続け、還暦近くなった今もどこかの団体で気楽に吹いているらしい。

この考えに至った時、吾は十代前半であった。中学に入り吹奏楽を始めて鍵盤楽器以外に管楽器も手にしたものの、考えは対して変わらなかった。高校で学生指揮をやっても楽しみこそ増えたが大きく変わらなかった。十代。一番内面が鬱屈し、自己表現の手段を模索する時期であろう。音楽という手段から自ら転身した吾も、それに替わる新たな手段を模索していた。そんな折、何故かは憶えていないが写真という表現技法に出会った。

今まで何の気無しに見ていた写真であったが、改めて見ると写真は少し独特な表現方法だと思った。絵画や音楽などと異なり、ありのままの現実、目に見えるそのものがそのまま作品となってしまう。そこでは何をどう撮り現像するかで表現がなされる。一見手を加えられる点の自由度は少なく見えるが、その奥深さたるや。シャッターを切るという、機械任せで誰でもできる行為の中に自分の意思を潜らせられる。新鮮だった。

下世話な話ではあるがついでに言うと。人口の少なさも有り難かった。大抵の人間は初めて撮影行為に触れるのが十代で、そのうち曲がりなりにも作品制作に関わるとなるとさらに減る。少なくとも箸より先にカメラを持ったなどという人間はいない。ちなみに音楽の話になると、箸より先に弓を持った、文字より先に楽譜を読む人間は存外沢山いる。正直訳がわからないが。

そこからは写真が自己表現の第一選択となった。機材に拘ったりした時期もあったが、なんだかんだとデジタルとフヰルムの両方を今も続けている。しかし写真によって自己表現をする中で、今まで出会わなかった表現する苦しみ、生み出す苦しみの一端を覗くこととなる。

極めて個人的な見解だが、吾は写真は音楽よりも"正解性"が薄いと考えている。 何を持って"正解"とするかの議論はここではせぬが、少なくともクラシック以前の音楽において音程が外れたりタイミングがズレたりといったことは明らかにミスとされるが、写真において露出が外れたり被写体がぶれたりと言ったことはそうではない。(と吾は思っているのであるが、反例があるならば聞きたい。嫌味とかではなく純粋な興味として) 良く言えば写真が前衛的で現代的な、悪く言えば歴史が浅く醸成され切っていない芸術であるということであるからだと思う。すなわち写真はそれだけ自由度が大きく、逃げかもしれないが作品として出てくる全てに自分の意図を持たせられる。吾はこれに魅せられた、のだと思っている。

さて、吾の今に至るまでの表現遍歴を記した上で、現状について、より世俗的に書けば大学入学以後の遍歴について話そうと思う。

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