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レコードの眠る時間

放送室には一人の男がいる。
白いシャツは襟元からやや開放され、
ネクタイは緩やかに首元で結ばれている。
ターンテーブルが静かに回転し、
空間を満たす音楽はその場の空気と溶け合っている。夜はもう暗い。
男はマイクロフォンの前に座り、
手に持った煙草から
立ち上る煙を眺めながら、
時を過ごしている。

煙草の灰は適宜、灰皿に落とされる。
その一連の動作は、
無意識のうちに繰り返される習慣のようだ。

時計は深夜を告げ、
放送室の壁掛け時計の秒針の動きは、
はっきりとしたリズムを刻んでいる。

机の上に数枚のレコードが散らばっていて、
その一つが今もプレーヤーで回転している。
時折、男はレコード盤を取り替えるが、
その際に見せる慎重な手つきは、
彼がこれらの音楽に対して持つ
敬意をうかがわせる。
壁の掲示板に、
重要そうなメモがピンで留められている。

放送室は他に誰もいない。
男は独り言を呟くこともなく、
ただ音楽を聞き、
時に深く考え込む。
考え込むことに、
飽きるとただ音楽を聞き、
時間を費やしている。
彼の目は、時に空間を漂い、
時に特定の点を凝視するが、
その視線の先に何があるのかは明らかでない。
彼の表情から読み取れる感情は少ない。
煙草を吸い終えると、
ほんのわずかな満足か、
あるいは安堵のようなものが感じられる。

放送室に彼の存在が独特の雰囲気をもたらし、
音楽と共に夜の静けさを満たしている。
静かながらも、
ゆっくりとその時間を刻んでいる。
何かを語りかける放送室の夜は。

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