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山羊に喰わす紙はない② スゴイ和紙の本出た

 「山羊に喰わす紙はない」、本気で書く気あるン? と思われるのもシャクなので、少々生煮えですが第2回をお送りします。
 今後も紙・機能紙・古紙・不織布などに関する小話を、時折書いていきたい。構想ですが全国の製紙工場のハンコを集めるとか、「ステキヒトサイズ度」のような面白専門用語とか、「紙の電車」の話だとか、落ち着いて考えると原料は沢山ありそう。皆様どうか、よろしくお願いします。

 第2回として、このあいだ市立西奈図書館でみつけたスゴい和紙の本をご紹介します。
大川昭典・著『和紙を科学する 製紙技術・繊維分析・文化財修復』勉誠社
 B5判244ページ。ツカは20mmほどあります。
 で何がスゴイって、この本、今年の6月に出たばっかりの新刊なんです。今どき、紙に関する本です。しかも和紙についての研究書。
 著者の大川昭典さんという方がまたスゴイ。和紙に関して屈指の知見をもつ、高知県立紙産業技術センターで長年和紙研究にかかわられた方で、染色液による和紙の繊維分析法(植物の種類で発色が変わって見分けられるスゴ技)を確立したり、それで正倉院宝物の紙を分析したり、その技術で紙を使った文化財の修復をしてきた。現存する最古の和紙「百万塔陀羅尼経」を分析したり、土佐七色紙を再現製造したりしているんですから、ガチのモノホンです。
 この写真は、染色して観察した和紙の繊維です。米の澱粉なんかも使っていた。

染色して観察した和紙の繊維

 この本では、中国から輸入された古代の写経用紙が麻紙だったという定説を覆したり、「流し漉き」が日本独自の技術だという定説を「溜め漉き」と同時期に輸入されたらしいとするなど、紙そのものをつぶさに観察・分析することで、様々な新たな知見を得ています。
 麻は、衣料品や袋に用いる場合には強度があって非常に良い繊維なのですが、紙にする場合は繊維が固すぎて、いくら石臼で挽いてもほぐれず、紙には向かないと分かって早々に廃れてしまった…というのが現実でした。
 製紙技術のヒトには、麻の適性の悪さはこのグラフで一目瞭然らしい。

楮と麻の紙への適性を調べたグラフ。みーんな楮の勝ち(汗)

 あとこの本で画期的なのは、洋紙では全く失われてしまった工程「打紙」について調査している事で。…これは日本でも、現在では金箔を伸ばすための和紙にしか使われていない技術だそうです。具体的な作業としては、湿った紙を重ねてから、石の上に置いて当てものをしてから、上から金槌で叩く。
 この「湿った」状態で叩くというのがポイントで、これによって紙が薄くなると同時に密度が3倍以上も上がり、表面にツヤが出て、墨もにじまなくなる。
 洋紙でも、金属ロールなどでコート紙などの表面を磨いて光沢を出す「スーパーカレンダー」という製法はありますが、乾燥させてから磨くため密度の上昇はさほどありません。近代洋紙の製造工程で見れば、むしろ湿った紙の水分を絞る「プレスパート」の役割に近いようにも思えますが、こんなに高圧はかけません。むしろ鉄などの鍛造や圧延に近い概念なのでは、とワタクシは思いました。

 内容自体は決して平易ではない、マニアックな製紙技術の専門書ですが、ケミカルやマシンに頼れない昔の人々が、様々な材料からいかに工夫して紙を漉いていたかが分かります。
 そして今でも紙や繊維の技術は実験科学の世界で「やってみないと分からない」事が多かったりする。…そうした意味では、今の技術者にも参考になる、何か見落としてきた知識が得られる様な本ではないかと思いました。こんな本が作れるのだから日本の文化ってまだまだ深い、決して捨てたものじゃないですね。と思った。

2023/9/26 大村浩一

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