初七日のポレンタ 和訳
ある日学校から帰ってみると、台所に見知らぬ男がいた。レンジで何か作っており、シチュー鍋 をしきりに覗き込んでいた。
「誰。ここで何をしているの?」 私はその人に尋ねた。父が亡くなってから1週間が過ぎていた。 その男は言った。「シーッ、今はダメ。ちょっと待っていて」ひどい外国訛りだった。 一心不乱な様子だったので、「何を作っているの?」と私は聞いた。
その人は、今度は私のほうをチラッと見やって言った。「ポレンタさ」
私はレンジのところまで行って、シチュー鍋の中を覗いた。中央は黄色がかっいて、ネバネバで ドロドロしたセモリーナ・プディングだった。
「不味そう」と私は言うと、母を探しに行った。
母は庭にいた。「ママ、台所に男の人がいるの。お料理していて、ポレンタを作っているんですって」 「あら、おまえ、ポレンタだって」と母が言った。母はあまり頼りにならないな、という疑念が 生じた。パパがここにいてくれたらなぁ。「何なのかよくわからないわね」と母は何気なく言った。
「ママ、ポレンタのことはどうでもいいの。あの人、誰なの?台所で何をしているの?」
「ああ」と母は大きな声で言った。母は薄手の花柄の夏服を着ていた。そして、母は何て痩せ細 ったんだろう、と私は突然思った。私のママなのよ、と心の中で言った。何もかもが私の上に覆い 被さるような気がして、気がつくと私は泣き出していた。「泣かないでちょうだい」母が言った。「大 丈夫よ。あの人はね、新しい下宿人よ」 母は私を抱き締めた。
私は目を拭い、鼻を啜りながら「下宿人?」と言った。
「ババがいなくなったから、空き部屋を一つ貸さなきゃならないと思ってね」と母は説明した。 母は向きを変え、家のほうへ引き返し始めた。下宿人が台所で動き回っていた。私は、母の腕に手 をやって、母が家に入るのを引き止めようとした。
「それじゃ、あの人ここで一緒に暮らすの」と私は訊いた。「一緒に暮らすってことは、食事も何 もかもみんな一緒ってこと?」
「ここはもうあの人の家だからね。くつろいでもらいたいのよ」 母は言った。後で思いついたか のように、「名前はコンスタンチン。ロシア人よ」と付け加えると、中に入ってしまった。
私は立ち止まって、今聞いた言葉を理解しようとした。ロシア人ですって。風変わりで、面白そうだわ。それで、あの人の無作法も許す気になった。私は母が台所に入るのを見ていた。ロシア人
のコンスタンチンが顔を上げると、笑みがこぼれた。「マリア!」彼は両手を広げて、母は彼のもとへと歩み寄った。二人は両頬にキスをした。母は振り返って私を手招きした。 「娘よ」母は言った。その声にはいつもの母の声とは違う響きがあった。母は私に手を伸ばした。 「すると君がアンナだね」 ロシア人が言った。
私はビックリした。自分の名前が彼の口からいとも簡単に出てこようとは思わなかった。私は母 を見た。母の表情からは何も読み取れなかった。ロシア人は、両手を差し出して言った。「コンスタンチンです。どうぞよろしく。いろいろと聞いています」
私たちは握手した。彼がどのように私のことをいろいろと聞いているのかを私は知りたかったが どう尋ねたものか考えあぐねたし、少なくとも母がいるところではできなかった。
ロシア人は料理を再開した。うちの台所に詳しい様子だ。セモリーナみたいなものの塊の上に場 コショウをすると、居間へと持って行った。何となく、母と私はその後について行った。みんな肘掛椅子に座ると見つめ合った。いささかなりとも不安を感じているのは自分一人だけなのだと思っ
た。
次の夜遅く帰宅してみると、コンスタンチンと母は、夕食をしながら話し込んでいた。食卓には ロウソクが載っていた。
「いったい何なの」と私は尋ねた。
「お腹すいてる?」と母が言った。「あなたの分も取ってあるわ。台所に」
お腹はペコペコだったが、「いらない」と私はムスッと言った。
寝るのにはまだ早かったが、二階の寝室へ行った。しばらくして、母が階段を上って来る音が聞 こえた。母は部屋に入ると、私のほうに屈み込んだ。私は目を閉じたまま深呼吸をしていた。「アン ナ」と母は言った。「起きているわよね、アンナ」
私は黙っていた。
「起きているのよね?」 母は言った。
間があった。もう少しでくじけそうになったところで、母がまた口をきいた。「パパはね、ママの ことを愛してくれなかったの。こんなことはあなたに言わずに済ませたかったのだけど。パパはママのことを愛してくれていなかったのよ」。母は一語一語恐ろしいほどはっきりと話した。まるで 私の脳裏に焼き付けようとでもするかのように。私は両目をきつくギュッとつぶった。ベッドの中で体をこわばらせたまま、私は母が部屋を出て行くのを待った。そして、時が経てば、こうしたことすべてを乗り越えることができるのだろうか、と思った。
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