令和6年度司法試験(刑法)解説

1.〔設問1〕について

(1)甲の罪責について

 まず、甲がAの頭部を殴り、転倒したAの腹部を繰り返し蹴って、Aに肋骨等の傷害を負わせた行為については、傷害罪が成立することを端的に確認すれば足りるであろう。
 その上で、甲が、Aが恐怖で抵抗できないことを知りつつ、「この財布はもらっておくよ。」と申し向けて、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた行為については、本件財布を客体とする、1項強盗罪(236条1項)の成否を検討する必要がある。
 特に問題となるのは、上記申し向けの時点で、本件財布の占有がなお、Aに残っているかどうかである。というのも、すでに、本件財布は、甲が拾って甲の手元にあるところ、この時点で、甲に本件財布の占有が完全に移転しているとすれば、さらに本件財布の占有奪取に向けた脅迫を行う余地はないため、強盗罪は成立し得ないと考えられるためである。
 もっとも、結論から言えば、この時点ではなお、本件財布に対してAの占有が残っていると考えるのが自然であろう。本件財布は甲の手中にあるとはいえ、甲とAはなお容易に手が届くような至近距離(問題文中には「1メートル」との記載がある)にいるのであり、この時点では未だ甲が占有を確立しているとはいえないため、なおA側に本件財布に対する事実上の支配は残されていると解されるためである。
 そこで、本件財布の奪取に向けた「脅迫」が認められれば、強盗罪の成立を肯定できそうだが、本罪の「脅迫」というためには、反抗抑圧に至る程度が必要であるところ、上記申し向けがそのような程度に至っているかどうかが問題になる(なお、暴行の時点では、財物奪取意思が存在しないため、これを強盗罪の実行行為と捉えることは無理である)。この点、上記申し向けは、それ自体を独立して見れば、反抗抑圧に至る程度の脅迫とはいえないであろうが、先行する暴行により、すでにAは抵抗する気力を失った状態であるという事実を踏まえれば、「この財布はもらっておくよ。」との発言も、Aの反抗抑圧状態を維持するのには十分な脅迫として評価することが可能であろう。
 さらに、甲はAが恐怖で抵抗できないことを知りながら、上記行為に及んでいるため、強盗の実行行為性についての認識に欠けるところもなく、強盗罪の故意も問題なく肯定することができる。また、現金欲しさに上記行為に及んでいることから、不法領得の意思に欠けるところもない。
 したがって、上記行為には、強盗罪の成立を認めることができ、傷害罪との併合罪となろう。

(2)乙の罪責について

 乙については、まず、バタフライナイフをAの眼前に示して、Aから本件カードの暗証番号を聞き出した行為について、2項強盗罪の成否を検討する必要があろう。この検討に際しては、問題文中に指示に従い、上記行為が財産犯における「財産上の不法の利益」を得ようとする行為に当たるかという点に言及する必要がある。
 この点、下級審裁判例には、窃取したキャッシュカードの暗証番号を脅迫して聞き出した行為について、「ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受けうる地位」という財産上の利益に対する2項強盗罪の成立を肯定したものが存在する(東京高判平成21年11月16日判時2103号158頁)。キャッシュカードが手元にある状態で、正しい暗証番号を聞き出すことができれば、迅速かつ確実に預貯金の払戻しを受けられる点で、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たといえると考えれば、こうした理解を正当化することができよう。
 もっとも、本問では、聞き出した暗証番号が間違ったものであることに注意する必要がある。この場合、乙は、聞き出した暗証番号を用いて預貯金の払戻しを行うことができない以上、「ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受けうる地位」という財産上の利益を得たと評価することは困難であろう。したがって、本問で、乙の上記行為に2項強盗罪の既遂を認めることはできないと解される。とはいえ、Aが正しい暗証番号を答えられなかったのは、暗がりでカードを見誤ったという偶然の事情によるものであり、「ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受けうる地位」が現実に移転する危険性はあったと考えれば、2項強盗未遂罪の成立は肯定しうる。
 続けて、乙が、コンビニエンスストアに設置されたATMから、預金を引き出そうとした行為については、窃盗未遂罪の成否を検討すべきであろう。乙は預金を引き出す権限を有しない無権利者であることから、その引き出しはATM設置者に意思に反する占有移転として窃取に当たるため、乙が行おうとしている犯罪は窃盗であり、窃盗の故意を認めることができる。
 問題となるのは、窃盗未遂罪の成立を認めるために必要な、既遂に至る危険性を肯定できるかどうかである。というのも、Aから聞き出した暗証番号は誤っていたため、乙が正しい暗証番号を入力することで、ATM内の現金の窃取に至る危険性はなく、不能犯となるようにも思われるからである。
 この点については、未遂犯と不能犯の区別基準について、自説を明らかにした上で、事案に当てはめることが求められる。具体的危険説からは、聞き出した暗証番号が正しいものであった可能性は行為当時の一般人を基準とすれば十分首肯しうるとして、未遂犯の成立を肯定することができよう。他方、客観的危険説からは、暗証番号が誤っていた以上、客観的には既遂に至る危険性はなかったという評価もあり得ようが、今日有力な、修正された客観的危険説からは、Aが別のキャッシュカードと見誤ることなく正しい暗証番号を回答していたという仮定的事実の存在可能性は肯定できるとして、未遂の成立を認めることが可能であるといえよう。窃盗未遂罪の成立を肯定した場合、先行する2項強盗未遂罪とは被害者が異なるため、併合罪となる。
 なお、受験生の中には、「見張り」の事実に着目して、乙にAに対する監禁罪の成立(さらには、これを命じた甲の共犯責任)を検討した者が見受けられるようであるが、出題趣旨に沿うものとは思われない。

2.〔設問2〕について

(1)小問⑴について

 小問⑴では、丙による暴行について、丙に正当防衛が成立することを論じることが求められている。
 まず、丙による1回目殴打と2回目殴打が、暴行罪の構成要件に該当することは明らかである。なお、これらの殴打は、Cによる継続する侵害に対して防衛の意思に基づいてなされた「一連の行為」と捉えて、一体的に検討するのが自然であろう。
 そして、これらの一連の暴行は、Cによる殴打という急迫不正の侵害に対して、自己の「身を守るため」という防衛の意思で行われており、かつ、侵害行為が素手での殴打であるのに対し、同じく素手での暴行で応じていることから、防衛行為の相当性を認めることができるため、正当防衛の成立要件をいずれも満たしている、と説明できるであろう。なお、背後者である甲は、事前に侵害を予期しており、積極的加害意思があるため、甲については、後述のように侵害の「急迫」性を否定する余地があるが、丙自身には、侵害の予期も積極的加害意思も存在しない以上、「急迫」性は否定されないと考えられる。
 受験生としては、この小問⑴(丙の罪責)で、どれだけ丁寧に論述すべきか悩みが生じると思われるが、共犯者間における違法性の相対性等の理論的な問題は、小問⑵において論じることが求められていることからすれば、小問⑴は、小問⑵を論じるための「お膳立て」と位置付け、事前の予期といった事情のない丙には、問題なく正当防衛の成立が認められることを、簡潔めに論じてしまうのがスマートであると思われる。 

(2)小問⑵について

 ①丁の罪責としては、丙による2回目殴打について暴行罪の幇助犯が成立するかどうかが問われている。この点、丁による、丙への「頑張れ。ここで待っているから終わったらここに来い。」との声掛け行為は、丙による暴行を精神的に援助する行為であり、実際に、丙はこれを聞いて発奮し、2回目殴打に及んでいることから、丁の暴行を「幇助した」とはいえる。
 問題は、丙に正当防衛が成立することを前提とした場合に、丁についても正当防衛による違法阻却を認めるべきかどうかである。その検討に際し、本問では「ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか」、「イ 違法性の判断が共犯者間で異なることがあるか」について、その結論及び論拠に言及することが求められている。
 このうち、アの点については、幇助犯のような狭義の共犯につき、正犯者が「構成要件に該当し違法な」行為を行う必要があるというレベルでの要素従属性を要求する通説(制限従属性説)を前提とすれば、本問で丁に幇助犯の成立を認めるために、まず、正犯者である丙の行為が違法であると評価できなければならないことになるから、「丙」を基準に正当防衛の成立要件を判断する必要がある、というのが一つの解答となろう。
 そして、上記の「従属性」の意義について、正犯者の行為が「適法」と評価される以上、これに従属する幇助行為が「違法」と評価される余地はない、と考えれば、イの点についても、幇助行為の違法性の評価は、正犯に連動するため、共犯者間で異なることはないと説明することができるだろう(ただし、厳密にいうと、正犯が「違法」な場合に、幇助者も常にこれに連動させて「違法」と評価してよいかは、別途検討の必要がある問題である。とはいえ、本問では正犯が「適法」であることが「前提」とされているので、この点はひとまず無視して「一致」論を採用してしまうのが、答案の書き方としてはイージーであろう。)。
 以上の理解を前提とすると、丁は、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思っており、丁自身には少なくとも防衛の意思が欠けている(それゆえ、丁を基準にすれば、正当防衛の要件を満たしているとは評価できない)ものの、丙の行為が正当防衛の成立要件を満たしている以上、丁の幇助行為についても、違法性を認めることはできない、と結論づけられる。
 他方で、②甲の罪責としては、乙との間で暴行罪の共同正犯が成立するかが問われている。前提として、甲は乙との間で、Cに対する暴行を共謀しており、その共謀に基づいて、乙が1回目殴打及び2回目殴打という実行に及んでいることから、共同正犯としての要件を充足していることは確認しておくべきである。その上で、丙については正当防衛が認められるものの、甲には、Cによる侵害を事前に予期し、「むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けよう」という積極的加害意思があるため、「急迫」性が否定され、正当防衛の成立が否定されるのではないか、という点を検討する必要があろう。
 ここでも、上記ア及びイの点への言及が求められるが、共同正犯については、狭義の共犯である幇助犯とは異なり、「従属性」という要請が直ちには当てはまらないことに留意する必要があろう。むしろ、共同正犯について「従属性」を要求しようとしても、例えば一方が「適法」で他方が「違法」という場合に、いずれのへ従属を認めるか判断が困難であることを考えれば、違法性の判断が共犯者間で異なりうることを正面から認めた上で、正当防衛の成立要件についても、原則として共犯者ごとに個別的に判断すべきである、と説明することが可能であると言える。
 以上のような理解を前提とすれば、アの点については、甲に正当防衛が成立するかどうかが問題となる以上、甲を基準に正当防衛の成立要件を判断すべきであり、イの点については、従属性原理が妥当しない共同正犯においては、違法性の判断が共犯者間で異なりうる、との解答ができる。なお、問題文では、「①及び②における説明相互の整合性」に触れることも要求されているが、この点は、上述のように、従属性が要求される幇助犯と、それが妥当しない共同正犯では、説明に違いが生じることも正当化できる、といった説明をしておくことが考えられよう。
 それでは、甲に正当防衛の成立を認めることができるか、であるが、上述した立場からは、「急迫」性の有無も、甲を基準に判断することになる以上、侵害の予期があり積極的加害意思の認められる甲については、公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、私人の対抗行為を例外的に許容した刑法36条の趣旨に照らし、対抗行為を認めるべき状況にはないとして、「急迫」性を否定すべきであろう。したがって、甲については正当防衛を認めることができないため、暴行罪の共同正犯の成立を肯定することができる。

3.終わりに

 以上、速報的な解説であるため、検討が不十分な点も多々あるかと思われるが、読者にはご海容を願いたい。特に、〔設問2〕については、複数の理論的な説明の可能性がありうるところ、本稿で示したのは、ありうる一つの筋道に過ぎないところである(とはいえ、幇助犯と共同正犯の性質の相違に着目しつつ、制限時間内に矛盾なく論じようとすれば、本稿で示したような流れが受験生にとっては最も書きやすいのではないか、と思う。)。

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