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『体育教師を志す若者たちへ』後記編13 パリ五輪教育を問う

 今年はもう2024パリ五輪の年です。2020東京大会の時にあれほど五輪教育が叫ばれ、様々な取り組みもがなされましたが、今年のパリ大会に向けて日本国内の各学校における五輪教育はどうなっているでしょうか。2020東京大会はコロナ禍で多くの国民が反対する中で競技会だけを強行してテレビ放送するという五輪運動のない最悪の大会になってしまいました。   
 各競技やボランティアの活動などの一場面では五輪ならではの微笑ましい光景や人権擁護の発信はあったものの、テレビでしか見られない多くの国民には巨大メディアによる国威発揚の偏った映像から、五輪は国どうしの闘いだと印象づけられ、SNSなどを通しての敗者に対する誹謗中傷は最悪の数に達してしまいました。2024パリ大会を迎えるにあたり、教育関係者としての私たちは、こうした間違った五輪観念を払拭して真の五輪運動とは何かということを伝えていかなければならないと思います。 

 ウクライナ、パレスチナの戦禍をどう位置づけるか?

 昨年12月、IOCは今年のパリ五輪でロシアとその同盟国であるベラルーシの両国選手について、個人の中立選手としての確認ができれば出場してよいと認めました。これに対してウクライナは反発しています。実際今年2月に行われた柔道のグランドスラムパリ大会では、ウクライナとベラルーシの選手が対戦した際に、試合後の握手を拒否する事態が出てきています。また、ロシアはパリ五輪に参加できたとしても国名や国旗の使用を認めないIOCに反発しており、ロシア側が五輪をボイコットするのではないかという懸念も出てきているようです。そしてロシアが参加すれば今度はウクライナがボイコットするという話は以前から出ていました。とても「平和の祭典」とは言えない状況で混迷を深めています。
 こうした状況の中で五輪教育はどう進めるべきでしょうか。中学、高校の体育理論の授業では国際大会の役割として五輪運動のことが出てきています。体育教師としては避けて通れない問題です。教科書通りの一般論で済ませたり、現実の問題を無視して五輪の美談だけを取り上げて賛美することは許されないでしょう。困難な状況だからこそ、世界平和について考え、五輪として、そしてスポーツを通して何ができるのか生徒たちと一緒に考えていく五輪教育、平和教育を進めるべきではないでしょうか。
 まず、この現実に起きている戦禍の状況、そしてIOCや当事国の状況について授業で学び、五輪の歴史を学ぶことと平行しながら、どうすればいいのかを生徒たちに聞いてみたり、アンケートをとってみる必要があります。そして生徒たちに2024パリ大会はどうあるべきかを考えさせていく授業を構想したいと思いますが、教師側としてこの事態に関わって大会をどう迎えるべきか、ある程度確固とした方向性を見据えておく必要があります。今回はその点について考えてみたいと思います。


IOCやパリ組織委員会が発展的に統一した理念や方向性を出す役割をもつべき

 まず、2020東京大会における五輪教育の総括として、コロナ禍での開催反対の声を無視して五輪の理想や素晴らしさだけを語るような五輪教育をしてしまっていなかったでしょうか。これに対して私が行ったコロナ禍を正面から捉えて2020東京大会の方向性を見いだそうとした実践※を振り返ってみると、今回の事態についてもあるべき方向性が見えてくるような気がします。それは、コロナ禍での開催に反対する意見と、選手たちに活躍の場を提供するという対立概念を上位概念でどう統一すればよかったのかという方向性が今回のパリ五輪の事態にも援用できるからです。
 2020東京大会における私の五輪授業ではどのような方向性が見いだせたのか。それは競技会の五輪運動における位置づけがポイントになりました。クーベルタンが創出した当時の五輪憲章を振り返ってみれば、競技会は五輪運動のひとつにすぎず、この競技会を契機として他のいくつかの五輪運動を進めるということに意義がありました。とすれば、2020東京大会においても、競技会についてはこれまでの規模を踏襲せず、コロナ禍でも競技別のテスト大会程度のことはできたのだから、競技別あるいは時期を競技毎にずらすなどして親善・交流大会程度の開催とし、それと平行してその他の可能な五輪運動を東京で進める大会にすればよいのではないかという構想ができました。この授業の中で生徒たちは、五輪の歴史を映像で発信したり、アスリートが子どもたちにスポーツを教えて交流したり、コロナ禍でもできる運動を紹介して国民がスポーツに親しむ様子を発信したり、そして平和について考える集会をオンラインも使って開催するなど、五輪期間中にコロナ禍でもできる五輪運動として競技会以外の様々な取り組みを考えました。そこでは、長野冬季五輪の際には競技とは直接関係のない五輪運動としてどんなことが行われたのかという事例も参考になりました。競技会の規模が縮小しても、その他の五輪運動を貫く他の取り組みを大きくアピールすることができれば五輪大会を軌道修正しながら発展させられたはずなのです。
 しかしながら実際に行われた2020東京大会は、生徒たちが構想した大会とは全く逆で、こうした五輪運動はせずに選手たちの競技会だけをほとんど観客抜きで強行し、それを映像で発信して巨額の富を得るという商業五輪のなれの果てを演ずる結果となってしまいました。時はちょうど核兵器禁止条約が国連で採択され、世界各国でその批准が進んでいました。98長野冬季五輪の時は地雷廃絶運動があり、「長野ピースアピール」によって五輪を契機に地雷廃絶が大きく前進しました。しかしながら2020東京大会では東京都は平和アピールさえ発信せず、五輪運動とは何かということをほとんど国民に理解させずに終えてしまいました。生徒たちが構想した、競技会は親善大会程度に縮小して他の五輪運動をより大きく進めるという構想の方向へ進めなかった原因は、すでに契約が済んでいる放映権問題があり、五輪運動よりも商業主義を優先するという現在の枠組みからIOCや組織委員会が抜け出せなかったことによるものです。 

 東京からパリへ

 しかしながら、こうした2020東京大会における五輪教育の考え方は、今回のパリ大会における五輪運動へも継承していくことができます。つまり、紛争当事国の両国選手たちを大会に参加させつつも、紛争国選手間の対立を昇華できる大会の在り方、つまり平和の追求という一点で国連憲章に則った価値観を強力に進める大会として彩ることができれば、ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザ侵攻を止める大きな一手になるはずです。 
 私たちは98年に行われた長野冬季五輪を迎えるにあたり、前大会のリレハンメル大会(ノルウェー)開会式で当時のIOCサマランチ会長が「武器を捨てよ」と全世界に呼びかけ、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争における犠牲者に黙祷を捧げるというシーンを学んでいました。そしてフィギュア・スケートカタリナ・ビット選手の「反戦の舞」もありました。それらが長野大会における「長野ピースアピール」へと繫がっています。長野大会の開会式では最終ランナーを地雷廃絶運動で手足を失っても走り続ける義足のランナー、クリス・ムーンさんが務め、ノーベル平和賞を受けた地雷禁止キャンペーンの代表ジョディ・ウイリアムズさんを招待しています。
 こうした取り組みに学び、それを発展させた形でパリ組織委員会とIOCが、パリ大会を機会に強力に世界平和を訴えていくことができれば、戦争に反対するスポーツマンの大会として、紛争当事国という対立のわだかまりを止揚して手を取り合い、競技親善を深めていくことができるはずです。残念ながらそうした取り組みは今のIOCでは無理でしょう。しかし、本来の五輪はそうあるべきだという考え方を子どもたちに伝え、具体的な取り組みを一緒に考えていく教育は、パリ大会で実現しなかったとしても、未来を見据えて進めていくことが私たち体育教師の責務であるように思います。
 ここに改めて98年長野冬季五輪におけるピースアピールを掲載します。この文言の中の「地雷廃絶」を「核兵器廃絶に」、そして「長野」を「東京」あるいは「パリ」に置き換えればそのまま使うことができる歴史的財産です。パリ五輪組織委員会やIOCがこうした訴えをしていけば、ロシアの核使用の脅しに対しても大きな力を発揮できるはずです。

 パリ五輪に向けてこうした五輪学習を進め、パリ大会開会式は94リレハンメル大会、98長野大会と比べてどんな姿になるのか、子どもたちと一緒に注視していけたらと思います。

※コロナ禍における五輪教育の実践については、このブログ『体育教師を志す若者たちへ』の第3章体育理論、および「東京大会中止を想定した五輪教育を考える」月刊『体育科教育』(大修館書店)2022年1月号を参照

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