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『体育教師を志す若者たちへ』第2章 授業研究の面白さ ~器械運動~


 最近鉄棒のない中学校が増えてきているようです。ここも耐用年数が過ぎて、授業でも使っていないので撤去されそうになりましたが、要望して新しいものに設置しなおしてもらいました。しかも支柱の基礎は地面の高さから15cmほど下にして、鉄棒の真下は50cmの深さまで掘って地面の高さまで砂場の砂を入れてもらいました。平らに見えて着地場所は砂です。要望すればそんなことができるんですね。中学校にも鉄棒は必要です。誰かが必ずぶら下がりに来ます。                                      

               

 中学校に入学してくる1年生に聞くと、苦手で嫌いという種目のトップに水泳と器械運動が並びます。苦手・嫌いという人大歓迎です。そして好きで得意な人もいろいろいるから授業が面白くなります。
 今回は器械運動です。
 

『体育教師を志す若者たちへ』

第2章 授業研究の面白さ ~体育実技編~

5 器械運動

◇逆上がり神話
 2022年5月、NHKの「チコちゃんに叱られる」という番組で、「なぜ小学校で逆上がりをさせるの?」という問題が出た。ボーッとしていてはいけないその答えは、「子どもたちに努力が報われる経験をしてほしいから」だった。そして東大の先生による、逆上がりができるようになるための細かな練習方法が紹介された。読者が教師になったら子どもたちに逆上がりをさせるだろうか。
 この番組を見て私がこれまでの経験から思ったことは、この練習方法は参考になったものの、自分が担当した学級の子どもたち全員に逆上がりができるようにさせることはやはり無理であり、「努力しても報われない」という悲しい体験をする子どもを出してしまう可能性があるということだ。従って現在の学習指導要領で全員必修にはなっていない逆上がりを全員にさせることはしたくない(もちろん挑戦したい子にはさせたいが)。
 学級の中にはいろいろな子どもがいる。ひとりでも肥満気味の子や身体的な障がいをもった子がいたら、その子を含めて何時間も逆上がりに挑戦させ、最終的にできるようにさせることができるだろうか。私にはその自信はない。
 小学校の教師として長年器械運動について研究を重ねてこられたある有名な先生の講演会で、こんな話を聞いたことがある。その先生も若い頃はクラスの子どもたち全員に逆上がりをさせようとしたという。そして何時間もかけてみんなで練習方法を考えたり教え合ったりした結果、最後の1人もようやくできた。それは感動的だったが、最後にできたその子が、「ああ、これでもう鉄棒はやらなくていいんだ」とつぶやいたという。
 その先生の研究はそこからスタートしたという。私たち教師は、鉄棒の面白さや楽しさを知った子どもたちが、「もっとやりたい」と鉄棒が好きになるように育てていく必要がある。現在その先生や私も所属する学校体育研究同志会では、逆上がりを中心的な技としては扱わず、別の技からスタートする。

◇器械運動の面白さとは?
 学校現場では以前から器械運動(マット、跳び箱、鉄棒など)を「克服スポーツ」として、できない技ができるようになることが楽しい運動であるととらえる考え方があった。もちろんできないことができるようになることは嬉しいが、それは器械運動に限ったことではなく、スポーツ全般に言えることだ。加えて授業には、「別にできるようにならなくてもいい」と思っている子どももいる。その子たちも含めて、「できるようになってよかったし、楽しかったからもっとやりたい」と言わせるような教材や技、そしてその指導法を研究していかなければならない。
 技能差が大きいことを考えれば、各自にあった技を決めだしてできるようにさせればよいと考える人もいるだろう。実際に授業をやってみれば分かるが、そうしたやり方では個々ばらばらの学習になり、できない子、やる気のない子はそのうち取り組まなくなる。やはりみんなでひとつのことに取り組み、得意な子も苦手な子もみんなで教え合い、支え合いを通してできるようになり、そして技を楽しむ学習過程が必要なのである。
 既存の競技や技について、それを体育の授業でどのような形で、どのような道筋で学習させていったらよいのか、それを「教材化」という。その研究は現場教師が日々の授業実践を進めながら平行して研究していくべき大事な仕事である。とりわけ器械運動では、鉄棒運動、マット運動、跳び箱運動などの種目があるとともに、それぞれの種目にはたくさんの技がある。それらの種目や技には技術的にどんな関連性があるのか、そして各種目の中ではどんな技を、どのような指導法によって進めていくべきなのかだろうか。そこまでは学習指導要領には示されていないし、統一して示すべきものでもない。教師が子どもたちの実態に合わせて研究していかなければならないことなのだ。
 その研究の方向や指導法はとかく流行や思いつきに流されやすい傾向がある。ある研究授業のマット運動で倒立前転を取り上げてその指導法が議論されると、自分の学校でも倒立前転をさせてみたくなる。鉄棒の逆上がりも同じだろう。先の東大の先生の逆上がり指導法についても、こうすれば上手くさせられそうだと分かってくると、なぜ逆上がりをさせる必要があるのかという議論は後回しになり、自分も教えてみたくなる。その気持ちは大事だか、教師はその段階に留まっていてはならない。 

 個々の技の指導法を考える前に、器械運動とは何を課題とする運動なのかということをもう一度考えてみよう。それは一般的に「克服型の運動」と言われてきたが、私たち学校体育研究同志会ではそれを「器械を使った空間表現」ととらえている。体操競技では表現としての技・演技の質が得点化されて競われている。その表現をより豊にしていくためにいろいろな技に挑戦し、連続技として構成していくことで、やって楽しく、見ても楽しい運動にしていくことができる。
 体育の授業で体操競技のような採点制を取り入れるかどうかは別として、大きな技、小さな技、静止技(ポーズ)などができるようにし、それらを連続技に構成して空間表現していく学習を進める。そうした表現の楽しさを深めていくために、どんな技を、どのような順序で学ばせていったらよいのかを明らかにしていかなければならない。そして逆上がりの例で分かるように、それはある程度練習すればみんなができて楽しい技でなくてはならないし、みんなで教え合うことでできるようになる学習過程を創造していかなければならない。
 
◇倒立は危ない?
 さて、ここから先はマット運動について考えていきたい。実は私は中学校の体育授業で鉄棒は扱ってきていない。私自身は鉄棒大好き人間で中学校の頃は車輪までやっていたが、私がこれまで受け持ってきた中学生は小学校時代に鉄棒を十分経験しておらず、上記の観点からみんなができて楽しい授業を展開することは無理だろうと考えざるを得なかった。マット運動なら中学校から始めても何とかなる。そこで、これからは中学生のマット運動に絞って話を進めていく。 
 マット運動で大きな技といえば、倒立系の倒立前転、側方倒立回転(以後側転とする)、ハンドスプリング(前方倒立回転)などが挙げられるだろう。これらができないと、前転、後転などの小さな技(ロール系という)しかできないことになってしまう。ごろごろ転がっているだけではつまらない。倒立系のダイナミックな技を全員にさせたいと考えたら、読者は何をどのような順序で学習させるだろうか。
 答えを先に言ってしまうと、それは「側転」になる。なぜなら、側転は倒立ができなくてもできるようになるからだ。正式名称に「側方倒立回転」とあるように倒立を経過する技ではあるものの、倒立ができない中学生でもできるようになる。しかも側転は保育園や幼稚園でも取り組むところがあり、中学生の中には側転ができる生徒とできない生徒が混在しているから、教え合いが成立しやすい。しかも側転はホップ側転からハンドスプリングへと発展させていくことができるので、一層高いレベルを目指す上でも必要な技になる。
 私は倒立前転を全員で取り組むということことはしない。なぜなら、その練習の過程で必ず倒立の練習を入れざるを得ないからだ。倒立について私には苦い経験がある。それは中学2年生のある女子だった。その時どんな技の練習をしていたかは忘れたが、彼女は自分から「壁倒立がしたいのでやっていいですか」と聞いてきた。私は安易に「いいよ」と言ってしまった。彼女は体育館の壁のところへ行き、板の間に手を着いてひとりで壁倒立を始めた。ところがしばらくすると彼女は倒立中に手を離し、頭から床に落下してしまったのだ。幸い首のねんざ程度で済んだが、これは命に関わる危険な練習だということに後で気づいた。本人に聞いてみると「逆さになって怖くなったので目をつぶって手を離してしまった」という。逆さ感覚が身についていない段階で倒立練習をさせると、こんな大変なことも起こるのである。肥満の生徒にさせることはもっと危険だ。
 これに対して側転の練習では、「逆さ感覚を身につける練習」はさせるものの、両手に体重を完全に乗せるような倒立の練習は私は初期段階では取り入れない。側転は倒立ができなくてもできるようになるからだ。私の経験では100kg近い肥満の中学生でもきれいな側転ができた生徒がいる。また完全に逆さになることはできなくても、ある程度足が上がって安全に着地する側転までなら、肥満や障がいがあっても、そしてみんなと一緒にマット運動の学習ができる生徒であればできるようになる。側転は上手になってくると片手でもできるようになる技なのだ。

◇みんなで調べる側転の学習
 さて、側転をクラスのみんなができるようになるにはどうしたらいいのだろうか。その方法はいろいろな情報が出ているので読者自身で研究してほしい。ここでは簡単に学習の過程だけ述べておく。
 クラスの中には側転のできる生徒とできない生徒が混在している。できない生徒がいるから学習が成立する。それはひとりひとりを大切にするという思想にもつながる。そこでの学習課題は、「側転はどのような仕組みで回転し、立つことができる技なのか」と設定する。それを自分たちの体を使ってみんなで明らかにしていく学習になる。その過程を経て、結果としてみんなができるようになっていくことを目指す。もうすでにできているからつまらないという生徒もいるだろう。そうした生徒には逆方向からやらせてみるといい。最初はほとんどの生徒ができない。そのことでできない人の気持ちを体感することができる。こうした学習を経て側転のことが分かってくると、中学生なら8割以上の生徒が左右両方からできるようになる。
 学習教具としては、厚紙で作った手形(左右で計2枚)、足形(入りと着地で計4枚)を用意し、構えの位置から着地までを協力し合って調べてみるとよい(写真)。これは短距離走の学習のところで示した足跡ラインの発想と同じだ。側転の仕組みを調べ、できるようになるための練習方法をみんなで考えていく。側転が全員できるようになってきたら、その発展としての側転のひねり技(ロンダードなど)やハンドスプリング、あるいは倒立前転にも自由に挑戦させていく。この段階まで来ると逆さ感覚も身についてきているし、自分にあったやりたい技にも進んで取り組めるようになる。
 

 右方向からの側転です。まずは左右の手足を着いていく順序を確認します。次に入る時の右足の向き、そして着地の左脚の向きに着目させると、人によって異論が出てきます。何が正しく、その理由はなぜなのかを考えていきます。                           

 学習課題の「側転はどのような仕組みで回転し、立つことができる技なのか」の答えとそこに至る授業展開は読者が考えてみてほしい。

◇連続技の構成と発表
 体操競技床運動の女子ではBGMをかけて演技を行っている。私はマット運動の最初のオリエンテーションの際に、トップレベルの女子の床運動のビデオを生徒たちに見せてきた。転回系の大きな技、ロール系の小さな技、ジャンプ、走る、ターン、ポーズなどいろいろな動きが出てくる。バック転などの高度な技はできなくても、側転ができればそれを大きな技として、前転、後転など小さな技、そして前転からのV字バランス(静止技)などを加えて自分の連続技技に構成していくことができる。
 授業でいくつかの技ができてきたら、BGMをかけて構成を工夫させていくと楽しい。私がずっと使ってきた曲は「乙女の祈り」。前奏を除いて25秒ほどまでを使うと6~8つの技が入れられる。前奏から技をスタートすればもっと沢山の技が入れられる。曲の前半を「規定演技」として、今までみんなで取り組んできた技を入れる。例えば「側転→前転(or開脚前転)→前転からのV字バランス」とする。そこから後半は「自由演技」として自分のやりたい技を入れていく。ハンドスプリングやバック転を入れる生徒もいるだろうし、「自分は側転が精一杯」という生徒は、側転を何回か入れながら自分なりの演技を構成していく。
 この頃の授業で体育館にBGMを繰り返しかけっぱなしにしておくと、生徒たちは次々に出てきて自分の演技をするようになる。そして最後のポーズを決めると自然に拍手が起こる。教師は各種技の構成や順序に対するアドバイスを毎時間学習ノートに赤ペンを入れることで伝えていく。こうして最後の発表会の時間を迎える。ひとり1人が、「自分の演技を精一杯やりたい」、「友だちに見て欲しい」、そして「友だちの演技が見たい」という雰囲気になってくる。発表会の演出の仕方はいろいろ考えられるが、みんなから拍手をもらってひとりひとりが輝く楽しい時間にすることができるはずだ。
 私が受け持ってきた中学1年生では、単元に入る最初のオリエンテーションの時間にアンケートをとってきた。そこでは多くの生徒がマット運動は嫌い、苦手と答えていた。側転ができない、やったことがないという生徒は半分程度いた。それが15時間ほどの学習を経ると大きく変わる。

◇集団マットの学習へ
 こうした側転を中心にしたマット運動を終えて次の学年に進級した際には、今度は集団マットに取り組むとよい。この集団マットは個人で行うマット運動よりももっと表現が豊になり、連帯感が生まれ、見応えがある。
 集団マットでは、5~6人程度の人数で方形に敷き詰めたマットの上で連続技の演技を行う。新体操の男子団体「徒手」を参考にするとよい。ただし、正式に行われている競技のような広い方形マットは用意できないので、学校用の長さ6mのロングマットを3枚並べて方形にすると、この程度の人数でなんとか演技になる。
 集団マットを始める際には、側転のような倒立系の技、前転・後転のようなロール系の技が全員できてている必要がある。狭いマットの上で全員が同じ技を同時、あるいは時間差で行うことが多いので、まっすぐ回れないとぶつかってしまう危険性がある。側転をひとりでやるのもいいが、5~6人が一斉にやると見応えがあるし、時間差で回っていくのも見ていて美しい。このように集団マットの良さや見応えは、複数の人が同時に回ったり時間差で回ったりすることにあり、これが大小の技を使って次々と展開していく。そして班員が心をひとつにして取り組まないと集団演技にならない。方形の空間をどの位置からどの方向へをどのように回転しながら移動していくかは工夫のしどころだ。まさに集団による空間表現になり、一体感が生まれる。最後のポーズもいろいろと工夫できる。
 集団マットではみんなが同じ技をするだけではない。ある場面では一斉に同じ技を同時に行ったり、あるいは時間差で行ったりするが、別の場面では1~3人程度が出て行って得意技を披露することもできる。つまりみんなで同じ技を揃えてやる良さと、個人の得意技を披露する良さの両方を場面場面で変えて構成できるのである。もちろんBGMをかける。中学生の授業なら2分程度のものがよい。最後のポーズが全員揃うと自然に拍手が生まれる。

◇鉄棒の場合
 最後に鉄棒運動について触れておく。鉄棒は小学校の低学年から中学年にかけて、鉄棒遊びをたくさんやっておくことが大事で、それをせずに成長してしまった高学年や中学生以上になってから始めても授業としてはなかなか成立しない。
 読者が小学校教師になった時のためにヒントだけ話ておこう。マット運動で全員が学習する基本技が側転であったのに対して、鉄棒運動ではそれに相当する技を、「スウィングを含む膝かけ回転」と考えている。鉄棒遊びでぶら下がったり振る(スウィング)運動をたくさんやっておき、膝掛け回転の仕組みを考えながら全員ができるようにしていく。この技が習得できると様々なスウィングを含む回転技へと発展させていくことができる。逆上がりはその学習過程で希望者に挑戦させていけばいいのだ。そしてマット運動と同様に様々な回転技、上がる技、降りる技を工夫して連続技に仕上げていく。これも鉄棒を使った「空間表現」だ。
 ちなみに筆者は授業では鉄棒単元を設定してこなかったが、別の機会をみつけては指導を試みてきた。それは部活動の時間、陸上部のトレーニングの一環として鉄棒を取り入れてきた。中学生は競技力の向上というよりもバランス良い発達が不可欠。走らせてばかりいたら上半身の発達が置いてきぼりになってしまう。小学校でどんな鉄棒授業を受けてきたのか聞きながら、上がる技、まわる技をいろいろと伝授してきた。陸上部に入ってくる生徒は走るのは好きだが球技は苦手という生徒も多い。練習の一環として週に一回は球技、一回は鉄棒を練習メニューに入れてきている。これに関連した部活動指導のあり方については第6章で述べたい。

 次回は「武道」です。


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