見出し画像

推しを推す前につながりたい #7


○○:「…林さん。
文化祭準備で困ってること...ないですか?」



…数分後。


○○:「だからごめんって…」

和:「劇の主役に、背景監修もやってるのに…
これ以上無理だよ…」


林さんには

うちの劇中に流す映像を作ってもらう。


その代わり、和が代表して

林さんクラスの美術班を手伝ってもらう。


○○:「…」


謝るのはいいとして、なんと励ましたらいいのか…

「和ならできるよ」、じゃ無責任すぎるし。


和:「…」

○○:「…」


顔を見ても、何を伝えたいのかわからない。

聞き慣れない会場の重低音が、

僕の脳裏に入り込む。


和:「もぅ。」

○○:「…?」


和:「全部終わったら…褒めてよね」

○○:「えっ?」


和:「…もう言わないっ」


ぷいっと目線を逸らされる。


本当はわかってたのに、

なんとなく聞いてしまった。


和は一度拗ねてしまうと、

半日は口を聞いてくれない。


もうすぐアルが来るというのに。


○○:「なぁ和、一旦今は忘れてさ…」

和:「うぅっ…」

○○:「?」


和:「私より、アルの方が大事だって言うの?」


また、余計なことを言ってしまった。


少し声が大きかったからか、

周りの目線も増えた気がする。



頭は冷静でも、ついこちらも熱を帯びてしまう。


○○:「そら『今』はさ、アルの方が…」

和:「こうなったのは誰のせい?○○だよ?
今日だって、私一人で来てたらこんなことには…」


○○:「おい、ちょっと言い過ぎじゃないか」


まずい。

これ以上、周りに迷惑は。


誰か止めてくれ…


??:「まずは謝りましょう、○○さん」

○○:「えっ、でも…」


振り返ると…


○○:「!!?」



聞き逃すはずがない、あの心地いい声。



アル:「大丈夫ですよ、私がいるから」





アル:「あっ、この制服…」

和:「知ってるんですか!?乃木高なんです〜」


推しが、目の前にいる…


一周目ではアイドルだった彼女が、

僕たちを見て喋っている…


アル:「ここだけの話ですが、
私乃木女の生徒で…」

和:「えっすごい!運命ですね〜」


そんな彼女と和が、普通に会話してる…


ありえん…

ってか僕らのケンカは一体どこへ…?



和:「○○もほら!
自慢したいことあるんでしょ」

○○:「いや自慢ってほどじゃ…」


頬が赤い。全身が熱い。

思わず下を向いてしまう。


アル:「えっ、なになに〜」


自然と上目遣いで見つめてくる。

まずい。かわいい。


ぶっちゃけかわいい。


誰だ、一周目で叩いてたやつは。

こんなにかわいいじゃないか。


○○:「あえっ、その…」


アル:「緊張してるの?ふふっ、かわいいね」



そう言いながら、僕の顔を覗き込んでくる。

ちょっぴり甘くて、いい匂い…


やばい、ちょっとダメです。近すぎます…



心身ともに、耐えられなくなった僕は…


和:「あ、あちゃぁ…」

アル:「ちょっ、○○くん!大丈夫!?」


泡を吹いて倒れていた。いい意味で。




_______________________________________




和:「あっ、やっと起きたぁ」


蛍光灯が眩しい。

ベッドで眠っていたようだ。


状況はよくわからないまま、

なりふり構わず、僕に抱きついてくる。


○○:「ううっ、重いって…」

和:「もう、ばか…」


また言ってしまった愚かな僕を、

このときだけは受け止めてくれた。




○○:「本当に!?」

和:「うん、バッチリ」


僕が倒れている間にも、

和はガンガン攻めたみたいで。


和:「文化祭、来てくれるって」

○○:「やった、また会える…」


和:「ちょっと。あくまで
ヒロインの私に会いに来てくれるんだから」

○○:「シンデレラが誰よりも輝くのは、
僕の演出あってこそでしょ?」


和:「ビビって私以外には
大して指示できないくせに」

○○:「うるさいっ」


いつの間にか、仲直りもできたことだし、

アルにお礼言わないとな…



和:「あー、あと文化祭ね」

○○:「うん」


和:「アルのお友達も来てくれるみたい」

○○:「へぇ」


和:「なんでも、○○のことが気になるから
また会いたいんだって、その人」


『また』会いたい…?


乃木女の生徒だよね?

知り合い…いたような、いなかったような…


和:「続きはあとで…とりあえず戻るよっ」


僕らは白衣の方にお礼をして、狭い廊下を歩く。




○○:「ここって…」

和:「近くのデパート。
救護室に運んでもらったの」


○○:「そっか…すまんかった、和」

和:「アルたちにも謝ってよね、今度。
うるさくしちゃったんだし」


○○:「はい…」

和:「私にも。この貸し、いつか返してよね」


○○:「そうだな…じゃあ拭きとってあげる、
和の汗」



彼女は突然立ち止まり、

殺気をまとって振り返る…


和:「ねぇ…ほんとキモイんだけど」


○○:「冗談に決まってるじゃん…」


おじさん以上におじさんになってしまった。


仲良くないやつに「キモい」なんて

言わないだろうし、

嬉しかったのはここだけの話。



…急いで会場に戻ります。




裏口から出ると、会場のカフェは200mほど。


和:「今は最後の挨拶してるころかな。
歌はもう終わっちゃったはず」


和も聞きたかっただろうに…ホント申し訳ない。

二人で走って戻ろうとした矢先…



○○:「!?」
和:「!?」


和:「今のって…」

○○:「女性の悲鳴、だな…」


和:「なんだろ…早く行くよっ」


一人だったら、逃げていた。

和と一緒なら、なんとかなると思って向かった。




会場に入ろうとしたら…


○○:「ちょっ…うわぁっ」


大量のお客さんが、一目散に逃げていく。


○○:「和!」

和:「こっち!掴んで」


和に手を引かれ、人の流れに逆らっていく。




沙耶香:「お客様、落ち着いて…」

??:「う、うっせぇ!」


会場には、謎の小太り男が一人。

刃物のようなものを持って、奇声を発していた。


謎男:「だからぁ、ボクは
アルのすべてを知りたいの!
アルのためならなんでもしたいの!」


沙耶香:「だからといって、
彼女の高校をお教えするわけには…」


謎男:「もぅ、なんでわかってくんないの!!」


不審者の苛立ちはおさまるどころか、

ひどくなる一方。


謎男:「こうなったら…」


何もかも失ったような目で、

自分の刃物をにらみつける。


ステージの上には、司会の方とアルのみ…

まさか…本当に刺すのか!?


くそっ…僕らが助けなきゃ。

でも、怖い…


手を握っている和も、

尋常じゃないほど震えている。


謎男:「う、うわああああ」


誰か助けて…



…あれ?


謎男:「はぁ…はぁ…」


急にやつの動きが止まった。

なんだ…?


謎男:「なーんてね。ホントに刺すと思った?」

和:「は…?」


謎男:「どこへ隠れようとも、
どんな手を使ってでも、
ぜっったいまた会いに来るからね、
ア〜ルたん♡」


沙耶香:「はっ…?ちょっと!
誰か追ってください!!」


逃げ足の速いそいつは、

警備員たちを振り払っていく。


○○:「僕たちも…」

和:「ダメ!!」


○○:「和、でも…」

和:「ナイフ持ってたんだよ?
これ以上○○になにかあったら、私もう…」


僕の胸に、震えながらしがみつく。


○○:「わかったよ…ごめん」


なんだったんだ…あいつは。

どうやって会場の中に...?


これが最初で最後のオフ会に

ならないと良いのだが…


沙耶香:「だ、大丈夫でしたか!?」

和:「私達なんかより、アルは…」


沙耶香:「少し…パニック状態に…」


ステージの上のアルは、



アル:「はぁ…はぁっ…うっ…」



呼吸が乱れたまま、

耳をふさいでうずくまっている…



軽い聴き取りをされた後、

僕たちも帰らされたのだった…




_______________________________________




時は流れ、文化祭前日。


○○:「なぁ…」

和:「…」


○○:「元気だそう、
って言うのもおかしいけどさ、その…」

和:「うん…」


○○:「明日アルが来ても来なくても…
僕たちは全力を尽くそう」

和:「うん」


○○:「じゃ、また明日」

和:「うん」


明日が来てほしいような、

来てほしくないような。


そんな思いをあの夕陽が知るはずもなく、

また一日が始まるのだった。




_______________________________________




時を同じくして…


瑛紗:「その…話があるの」

アルノ:「うん…私もある」


瑛紗:「最近さ…暴言多くない?SNSで」

アルノ:「うん、まあいろいろあったの」


瑛紗:「何かあったら、話聞くよ?」

アルノ:「…大丈夫だから」


瑛紗:「でっ、でも…」

アルノ:「大丈夫なの…!」


声を荒げる、高圧的な態度。

こんなアルノ、今まで見たことない。


瑛紗:「ひっ…ごめん」

アルノ:「で、それだけ?」


ここで引き下がったら、きっと後悔する…!


瑛紗:「いや、ある人から聞いたんだけど」

アルノ:「うん?」



瑛紗:「アルノ…歌い手やってるの?」

アルノ:「え…?なんでそれを」


瑛紗:「本当なんだね」

アルノ:「それは…」


瑛紗:「なんで今まで隠してたの?」

アルノ:「いや、隠すつもりは…」


瑛紗:「なんか、裏切られたみたいで…」

アルノ:「いや、ちょっと待って」



瑛紗:「私たち、友達じゃなかったの!?」


アルノ:「いや…ごめんだけど、
私も言いたいことあって」


瑛紗:「…」

アルノ:「最近さ、変なDMが届くんよ。
絶対に私に会いにいく、とか」


瑛紗:「…え?」

アルノ:「さっき『ある人から聞いた』って
言ったよね」


瑛紗:「…」


アルノ:「これ、瑛紗のせいじゃないの?」


瑛紗:「はっ…」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

DMで…

瑛紗:『先輩であるこの私に、
何でも聞いちゃってください』

??:『ありがとうございます!早速ですが、
この方も乃木女なんですか?』


瑛紗:『そう!アルノって言ってね、
歌はうまいけどちょっと変わってて
面白いんだ〜』

??:『へー、ぜひ会ってみたいです!
他にもお話聞かせてください』

瑛紗:『いいよ〜。入学式にはねぇ…』



??:『面白かったです!噂なんですけど、
実はこのアルノさん…』

瑛紗:『…え?』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



乃木女の後輩だと思ってたけど、本当は…


アルノ:「嘘でしょ。
ほんとに瑛紗が原因なの?」

瑛紗:「…」



アルノ:「…ちょっともう信じらんない」


瑛紗:「あっ…待って!!」


止めたかったけど、

なんて謝ったらいいかわからなくて…


ただ呆然と、立ち尽くすことしかできなかった。



瑛紗:「乃木高の文化祭、どうしよう…」



全く脳が休まらないまま、

無情にもまた朝日は昇ってくるのだった。




#8に続く