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梨幸日記 其の一

 今日は、いつもお世話になっております。
 最近少し家の物が増えた為、蔵の整理をしていたのですが、桃次が生まれた頃の日記が出てきたので、少し抜粋致します。
 宜しければご覧になって下さい。

小田原 梨幸

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XX45.04.23 (木) 晴れ

 早朝、ローマン君より入電。
 元気な男の子が生まれたとの報。母子共に健康と聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
 何事も無ければ明後日には面会できるそうだ。
 早く顔が見たい。その時の私はとても浮かれていたに違いない。
 夕方頃、ローマン君が帰路の合間に此方の家を訪ねて来た。
 彼曰く、桂と考えた結果私に名前を考えて欲しい、とのことだったので承諾したが、生憎男の子の名前は考えた事が無く難儀した。

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XX45.04.24 (金) 曇り

 名前はまだ思い付かず。
 思えば数十年前、私と百合子との間に双子の女の子が生まれた時、それぞれで名前を付けた。
 二人共大変愛らしい女の子であったが、百合子は気取らず美しい女性になって欲しい、と姉の方に「椿」と名付けた。私はどんな苦境でも挫けない強い女性になって欲しい、と妹の方に「桂」と名付けた。
 桂とローマン君の息子もきっと愛らしい姿をしているだろう。
 顔を見たらきっと何か良い名が思いつくのではないかと思い、その日は早めに床に就いた。

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XX45.04.25 (土) 晴れ

 本日はいよいよ初孫との面会になる。
 薬局を開ける前の気分転換に少し裏山を散策していると、この間まで1つだけ元気の無かった桃の木が綺麗な花を咲かせていた。
 自然というのは人間の計り知れない所で大変興味深い営みをするものだ。そういう所が私は好きである。
 昼頃に薬局を〆、ローマン君の車で急いで病院へ駆け付けると、桂は小さな赤ん坊を抱いていた。二人共一先ず元気そうだ。
 桂はやゝ疲れている様だったが、
「昨日一昨日よりはマシ」
と言いながらケラケラと笑っていた。我が娘ながら何とも逞しい事だ。無理はしないで欲しい所だが。
 母親の手を離れ私の腕に抱かれた赤ん坊は大きな青い眼をしており、肌と髪の色はとてもローマン君に似ており、顔はなんとなく小さい頃の桂の面影もある。何とも可愛らしい。
「今日は、お祖父ちゃんですヨ」
と声をかけると、私の顔をじっと見つめながら小さな手足をジタバタとさせているのかおくるみが蠢いていた。
 私からの初孫への最初のプレゼントは、漢字二文字の名前だった。その場で書いて渡した紙を見た桂には
「長男なのに"次"なの?」
と言われたが、この疑問はきっとこの先他の人達からも屡々投げかけられてしまうかもしれない。それについては少々申し訳無く思う。
 しかし"次"には必ず先立つ物がある。それは兄弟に限らず、様々な所にいる者に言えよう。この子にはたくさんの大人の背中を見て賢く、強く育って欲しい。
 私はそう願い、周りと少し遅れて花を咲かせた桃の木に思いを馳せながら、小さな彼に「桃次」と名付けた。
 熱心な説明を一頻り終えると、桂とローマン君はしばらく顔を見合わせてからフと笑い、
「良い名前を付けてもらったネ、桃次」
と声をかけた。
 私は少し安堵しながら、初孫の顔を覗き込み
「僕からのプレゼントは気に入って貰えたカナ?桃次君」
と声をかけた。
 自分の名前を理解しているのか否か、彼は再び手足をジタバタとさせながら、少し微笑んだように見えた。

以上

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