ノーホエア
自分がよく嘯く台詞のなかでも、歴史の古いものに「故郷はドトール」というやつがある。今この機会に告白するが、出まかせだ。しかしドトールに対する感情の一側面を写してる部分もあって、あながち出まかせと切り捨てられない。
まず故郷と聞いたとき、ぴったり思い当たる土地を僕は持っていない。土地に根付くようなアイデンティティの芽生えた事が無い。一番それに近いのは、いわき市だが、それはひとえに知人が多く暮らすからで、市の存続を心から願っている訳ではない。自分が過去住んだ土地への執着がとても薄い、と自覚しながら生きてきた。
一方、僕は日本中どこだろうと、ドトールに入ることで強い安心感を覚える。看板があれば、ほっとする。のみならず、出張先や旅先のドトールで、席に座り飲み物に口をつけると、過去に同じように馴染みのない街で入店したドトールの記憶、その時考えていた事、などが半透明の層となってフィードバックされる。まるで、昔ドトールA店に居た自分と現在ドトールB店に居る自分が、三百円前後のホットドリンクを介して同期するような心地である。
故郷が全国展開してくれているこの状況は端的に言って都合が良い。
幸せ者だ。
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