自閉症スペクトラム戦記

自閉症スペクトラム戦記

 

                       ナカナカ/ナクナク

 わたしは自閉症スペクトラムです。

 生活に不自由があります。

 障害者二級の手帳を持っています。仕事はしており、年金はもらっていません。仕事は塾の講師と、コンビニのアルバイトをしています。以前は、プログラマーをしていて、正社員でしたが、いろいろ事情があってやめました。

 今は、早朝三時間、夕方四時間働く生活で、一日七時間働いていますが、その間に、七時間ほど休憩が取れるので良いなあと思っています。

 塾講師も、コンビニアルバイトも、複雑な人間関係が必要とされないので良いです。時間もお金もきっちり決まっているので、サービス残業をした方が良いのか、先輩社員に気を使った方が良いのか、など考えなくて良いところが気に入っています。

 特に、塾講師は、子ども相手の仕事なので、楽しいです。エネルギーがいるし、疲れもしますが、でも心底世の中の役に立っている実感が得られます。一部の子どもしか助けられないのは事実なのですが、勉強で困っている生徒さんを救い上げることができる、進路に関する選択肢を広げることができたり、勉強ができないことはたいしたことじゃないから、他のことを伸ばしたら良いよ、と言える場があるのはとても助かることです。

 正社員の仕事を辞めてから、しばらく、入院していました。退院してから、「仕事は、あなたを助ける」という主治医の言葉に助けられて、仕事探しをし、最初はコンビニアルバイトも、ユニクロも落ちて、落ち込んでいたのですが、勉強ができることくらいしか、あとはもう取り柄がないと思いながら、塾講師を選びました。親に子ども相手の仕事は癒されるかもしれないとアドバイスされたのも良いことでした。

 二次障害というのがあって、精神疾患も持っているのですが、それのエンパワメントとしても、仕事は役に立ちました。社会との接点を持ち、消費するお金があり、自活できる、というのは、わたしの不安定な気分を癒しました。死にたくなったり、疲れすぎたり、自信を失ったりするときも、使えるお金があり、必要とされる場所があって、定期的に起きて顔を洗って行かないといけない場所があるのは、生活のリズムを整える役に立ちました。

 入院したきっかけは、強盗にあったので、PTSDを発症し、家から出られなくなったことです。それまでも、鬱病、適応障害、親との不和(わたしの母親は二人います。ひとり目と相性が悪かったのです)などがあって、精神科に通っていました。わたしは、診断名を聞かされていませんでした。それは、先生のポリシーからで、病名を聞いて治るなら治っている、治らないから対処するので、対処するのが大切だ、ということからでした。

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