考える

薬でインフルエンザの重症化は防げますか?


 抗インフルエンザ薬(オセルタミビルなど)の効果は、たくさんの研究結果から徐々に明らかになりつつあります。

 有熱期間が短くなるという効果については、一定の効果が期待されることが確認されつつあります。そこで本稿では、合併症の予防に焦点を当てて、どのような結果になっているのか、見ていきたいと思います。


合併症は減らない?

 まずは2015年までに発表された、主要なメタ分析の結果から順に確認しておきましょう。

メタ分析(Ebell, 2013年) [1]

研究の概要
 インフルエンザを発症した成人がoseltamivirを内服すると、プラセボに比べて有症状期間、合併症(急性中耳炎、急性気管支炎、肺炎、副鼻腔炎で抗菌薬を必要とするもの)、入院は少ないかを検討した、ランダム化比較試験(未出版データを含む)のメタ分析。

主な結果
 11研究(うち未出版8研究)4769人の結果を統合。

・有症状期間(ITT解析のみ)
 oseltamivir群で20.7時間短い(95%CI 13.3~28.0時間)
・入院(ITT解析のみ)
 リスク差 oseltamivir群で0.1%多い(95%CI −0.5% ~0.6%)
・合併症(インフルエンザ確定例)
 リスク差 oseltamivir群で2.8%少ない(95%CI −4.9%~−0.6%)
・合併症(インフルエンザ確定例、急性気管支炎を除外)
 リスク差 oseltamivir群で0.1%少ない(95%CI −1.7%~1.5%)

 この論文はブログ記事でも取り上げました。

タミフルでインフルエンザの重症化は防げますか? - 地域医療日誌

 合併症については、急性気管支炎を含めるとオセルタミビル群で有意に合併症が少ない(治療必要数=36)という結果ですが、抗菌薬を使わない急性気管支炎を除外したところプラセボ群とほぼ同等になってしまう、という報告です。 

 この報告からは、オセルタミビルを使っても合併症は少なくならないのでは? といった疑惑の目が向けられた格好となった報告でした。


合併症は減る?

 さらにその後の2研究をつづけてどうぞ。

メタ分析(Jefferson, 2014年) [2,3]

研究の概要
 健康な人(小児または成人)がノイラミニダーゼ阻害薬を使用すると、プラセボに比べて症状、入院や合併症、有害事象は改善するか、を検討したランダム化比較試験のメタ分析。

主な結果
 該当論文(ロシュ社が提供したオセルタミビルに関する77の治験データを含む)から、採用基準を満たしたオセルタミビルに関する20のランダム化比較試験の結果を統合。

 症状消失までの時間は成人(8研究、3,954人)ではオセルタミビル群で16.8時間(95%信頼区間 -25.1, -8.4)早かった。喘息の小児(2研究、660人)では差がなかったが、健康な小児(1研究、669人)では29.4時間(95%信頼区間 -47.0, -11.8)早かった。

 成人の合併症のうち自己申告などを含む肺炎全体(8研究、4,452人)については、
 オセルタミビル群 27/2,694人、プラセボ群 39/1,758人
 リスク比 0.55(95%信頼区間 0.33, 0.90)
 治療必要数 100(95%信頼区間 67, 451)
とオセルタミビル群で少なかった。

 しかし、詳細な診断データに基づく研究(2研究、1,136人、画像診断まで実施した研究はない)に限定すると、
 リスク比 0.69(95%信頼区間 0.33, 1.44)
とオセルタミビル群で少ない傾向ではあるが、統計学的有意差はなかった。

 小児の肺炎では、リスク比 1.06(95%信頼区間0.62, 1.83)とほぼ同等であった。

メタ分析(Dobson, 2015年) [4]

研究の概要
 インフルエンザを発症した成人がオセルタミビル75mgを1日2回服用すると、プラセボ服用に比べて症状消失までの時間が早くなるか、を検討したランダム化比較試験(ロシュ社の未出版データを含む)のメタ分析。
 ほかに合併症としての下気道感染症、死亡、離脱、有害事象などの安全性も検討した。

主な結果
 9のランダム化比較試験(4,328人)の結果を統合。

 インフルエンザと臨床診断されたものを含む検討では、症状消失までの時間(中央値)はオセルタミビル群で99.4時間、プラセボ群で117.2時間と、オセルタミビル群で症状消失までの時間が17.8時間(95%信頼区間 -27.1, -9.3)早かった。インフルエンザ確定診断例に限定すると、オセルタミビル群で25.2時間(95%信頼区間 -36.2, -16.0)早かった。

 下気道感染症については、
 オセルタミビル群105/2,330人、プラセボ群147/1,872人
 リスク比 0.62 (95%信頼区間 0.49, 0.79)
とオセルタミビル群で少なかった。
 インフルエンザ確定例についても同様に、
 オセルタミビル群65/1,544人、プラセボ群110/1,263人
 リスク比 0.56 (95%信頼区間0.42, 0.75)
とオセルタミビル群で少なかった。

 死亡例はプラセボ群1例のみで、インフルエンザ非感染例の呼吸不全によるものだった。

  Dobson, 2015年の論文はブログ記事にて取り上げました。

インフルエンザに薬は効くの?効かないの? - 地域医療日誌

 また、この2つの論文を比較した記事はウェブマガジン「地域医療ジャーナル」とブログ記事に掲載しました。

タミフルで肺炎は予防できますか? 地域医療ジャーナル 2016年02月号 vol.2(2) (閲覧には読者登録が必要)


タミフルの肺炎データを並べてみる - 地域医療日誌


 一見するとオセルタミビル群で肺炎・下気道感染症の合併症が少ない傾向がみられます。

 しかし、この2つのメタ分析はほとんど同じ元論文データを使っているのですが、肺炎の発症数にかなりの乖離があります。

 定義が若干異なることも原因のひとつですが、それぞれのランダム化比較試験を批判的吟味すると、試験の途中でアウトカムの定義が変更されていたり、データ集計や分析に不手際があったりなど、どうも肺炎データには深刻な問題がありそうです。

 このような信頼性の低いデータだけでは、効果を的確には判断できなくなりそうです。


新たな報告から

 さらに新しい報告があります。2016年に発表されたメタ分析(医療技術評価)を確認しておきましょう。

 オセルタミビルと肺炎について検討している第2章

Chapter 2: Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in adults and children

と死亡について検討している第3章

Chapter 3 Effect of oseltamivir on mortality in patients with 2009A/H1N1 influenza: a systematic review and individual patient data meta-analysis of observational studies

に分けて、まとめておきます。

メタ分析(Heneghan, 2016年) [5] 肺炎について(第2章)

研究の概要
 インフルエンザ発症と確定診断またはインフルエンザ発症が疑われる小児・成人にノイラミニダーゼ阻害薬を使用すると、プラセボに比べて肺炎が少ないか、を検討したランダム化比較試験のメタ分析。

主な結果
 46研究(オセルタミビル 20研究 9623人、ザナミビル 26研究 14628人)の結果を統合。
 オセルタミビルの研究の半数とザナミビルの研究のほとんどはランダム生成の記録がなく、選択バイアスの可能性が高い不十分な報告である。

 成人の自己申告による肺炎については、オセルタミビル群では有意に少なかった。
 リスク比 0.55(95%信頼区間 0.33, 0.90)
 リスク差 1.00%(95%信頼区間 0.22, 1.49)
 治療必要数 100(95%信頼区間 67, 451)

 肺炎と診断確定されたデータに基づく研究(2研究、1,136人)に限定すると、オセルタミビル群で少ない傾向がみられたものの、有意差はなかった。
 オセルタミビル群 12人/561人、プラセボ群 18人/575人
 リスク比 0.69(95%信頼区間 0.33, 1.44)

 小児については、肺炎発症は同等であった。
 リスク比 1.06(95%信頼区間 0.62, 1.83)

 ここまでは、メタ分析(Jefferson, 2014年)と全く同じ結果でした。前述したように、オセルタミビルに関する個々の研究の質が不十分である、ということが指摘されています。

 特に、肺炎を自己申告で評価している点が気になります。実際の診断に基づく研究では有意差が消失しています。

 企業提供データであることも考慮すると、過大評価されている可能性は十分加味しておく必要はあるでしょう。

メタ分析(Heneghan, 2016年) [5] 死亡について(第3章)

研究の概要
 インフルエンザ2009A/H1N1患者のうちオセルタミビルの使用は、生存の予後因子となるか、を検討した予後に関する観察研究のシステマティックレビュー+メタ分析。

主な結果
 入院患者を対象とした30の観察研究(11013人)の結果を統合。全体では1301人(12%)が死亡。
 オセルタミビルの使用は死亡と生存で同等(83% 対 82%)であった。
 時間依存性バイアス(time-dependent bias、例えば早く解熱した症例ではオセルタミビル使用の機会がなくなるなど)、潜在的な交絡因子、退院についての競合リスクなどを考慮すると、オセルタミビルは死亡を少なくするという根拠は得られなかった。
 ハザード比 1.03(95%信頼区間 0.64, 1.65)

 観察研究のメタ分析でした。今のところ、オセルタミビルでインフルエンザ患者の死亡が少なくなるということはなかった、という結論です。

 オセルタミビルの動向は今後も注目していきたいです。


文献
1. Ebell MH, Call M, Shinholser J. Effectiveness of oseltamivir in adults: a meta-analysis of published and unpublished clinical trials. Fam Pract. 2013 Apr;30(2):125-33. doi: 10.1093/fampra/cms059. Review. PubMed PMID: 22997224.

2. Jefferson T, Jones MA, Doshi P, Del Mar CB, Hama R, Thompson MJ, Spencer EA, Onakpoya I, Mahtani KR, Nunan D, Howick J, Heneghan CJ. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database Syst Rev. 2014 Apr 10;4:CD008965. doi: 10.1002/14651858.CD008965.pub4. Review. PubMed PMID: 24718923.

3. Jefferson T, Jones M, Doshi P, Spencer EA, Onakpoya I, Heneghan CJ. Oseltamivir for influenza in adults and children: systematic review of clinical study reports and summary of regulatory comments. BMJ. 2014 Apr 9;348:g2545. doi:10.1136/bmj.g2545. Review. PubMed PMID: 24811411; PubMed Central PMCID: PMC3981975.

4. Dobson J, Whitley RJ, Pocock S, Monto AS. Oseltamivir treatment for influenza in adults: a meta-analysis of randomised controlled trials. Lancet. 2015 May 2;385(9979):1729-37. doi: 10.1016/S0140 6736(14)62449-1. Epub 2015 Jan 30. Review. Erratum in: Lancet. 2015 May 2;385(9979):1728. Lancet. 2015 May 2;385(9979):1728. PubMed PMID: 25640810. 

5. Heneghan CJ, Onakpoya I, Jones MA, Doshi P, Del Mar CB, Hama R, Thompson MJ, Spencer EA, Mahtani KR, Nunan D, Howick J, Jefferson T. Neuraminidase inhibitors for influenza: a systematic review and meta-analysis of regulatory and mortality data. Health Technol Assess. 2016 May;20(42):1-242. doi: 10.3310/hta20420. PubMed PMID: 27246259; PubMed Central PMCID: PMC4904189.


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