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唐突にきてしまう終わりのハナシ

ず〜っと、というか6年くらい
ず〜〜〜っと毎日毎日コツコツと続けてきたものがある。

ソシャゲである。

勇者の飯という韓国のゲームなのだが、キャラクター性の可愛さや簡単だけどちょっと技術が必要なアクション性がドツボにハマってしまい、無課金でも毎日飽きずにコツコツと少しずつレベルを上げてしまったハナシなんだけど。

なんと。
一昨日の夜に。
無課金でラスボスを倒してしまったのだ。

なんて事だ…。
課金勢はもう2年近く前に完全攻略している動画も上がるほど、課金すればさほど時間をかけずにクリアできるという、終わりの見えるゲーム。ほんとに一人でコツコツやり続ける珍しいタイプのソシャゲなのだ。そういうのなかなかないから大好きなのだ。

気づいたらあと少しで全キャラクターのレベルがMAXになりそう。
なんだかすごく悲しくなった。
ホントに毎日1分くらいのプレイでコツコツやったきたもんだから、もう完全にルーティン化している。しかも6年だ。
iPhone買った時くらいだ。
小学生をやり通した年月だ。
ここまでくるともはや趣味ではなく習慣なのだ。

まぁラスボスといってもまだやるミッションはあるのだが、これからはもうメインクエストがないのだ。
おおすじの流れが終わってしまったのだ。
なんとも言えない哀愁感、やり切ったのか…?と思える焦燥感、絶望とも思える喪失感。色んな感情がぐわっと出てきてしまいその日は夜しか眠れなかった。

こんな簡単に終わりってやってくるのか…
とか
え?まだつづきあるんだよね…?
とか
いやいやいや、まだあるっしょー!!
とか
…マジ?終わり…?
みたいな感じで。

卒業式のない卒業。
1人プレイならもんだからこの気持ちを共有してくれるヒトもいない。
なんとまぁ…。

そう。この感じは実は昔にも経験した事があったのを書きながら思い出した。
トルネコの大冒険というスーファミのゲームを完全攻略(ちょっと不思議なダンジョン→不思議なダンジョン→もっと不思議なダンジョン)してしまった時の感覚と一緒だったのだ。
その当時このゲームは今で言うある意味死にゲー。
運要素がかなり強いゲームでしかもやり直しが効かない。
安全な場所でセーブしてやり直しというのができないのだ。
敗れるたび何度コントローラーを投げ捨てようかと思ったか…。
それでも僕はホントに毎日コツコツとやっていたので、ついにクリアしてしまったのである。

でもその時はネットも普及してないし、周りにやっている友人もいなかったため、1人しか分からない高揚感というものをなんとも言えない感覚で味わったのだ。

嗚呼…あの時と同じや…。

でも昔と違うのは、こう言うことを発信できるというか、世に叫ぶ事ができるのがホントにすごい事だなぁって。
誰にも届いていなくても、言いたいことってやっぱりなにかしらの形で言うとすごいスッキリする。
あの時の僕の気持ちもなんだか癒せたような気がする。

ああいうアプリを今後は作っていきたい。
本当のボッチは諦めない。
一人でコツコツやるのがホントに楽しいのさ…。
協力プレイ?クソ食らえだぜぇ…。

でもたまには人混みに憧れたりするからボッチおじさんは大変だよねぇというおハナシでした。

ありがとうございましたー!

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