冬
2023.11.16
気が狂っていた頃に書いたもの
京都大学の周辺は中華料理屋が多い。それも生粋の中国人店主が振る舞ってくれる本格中華である。部会が終わりお通夜のような雰囲気の中タダ飯を食いについて行った。もう一年生扱いしてもらえないから奢ってくれるかは50:50だ。最近金がないんだよな。爆食することでガス抜きしてるから。放置自転車回収車に怯えながら路駐をして長江辺に入る。店内には私達の他に大柄な黒縁メガネのおっさんと中肉中背うっすら薄毛の童顔おじさんの二人組がいた。おのおの好きなものを注文。青椒肉絲と鴨の足の炒め物にした。青椒肉絲が先に来た。おばちゃんが筍は品切れで代わりにプリッツを入れたと言う。あー、うん、え?なんでプリッツで納得すると思ったんだ。まだメンマとか百歩譲ってもやしとかあるだろ。それにプリッツなんて時間経ったら絶対ぼそぼそになるだろ。料理屋としてそれでいいのか?などとこういう時だけカレー部員としての矜持を持って一丁前に遺憾を示してみる。まあええわ、鴨の足が本命やし。気がつけば田中さんがプリッツとピーマンを麺のように啜り続けている。私がどれだけ制止しても聞かない。気が狂っている。プリッツとピーマンの啜られ方じゃない。もっと柔らかい何かに変形しておる。周りもなんで止めないんだよと思って見たらみんな美味しそうに食事を楽しんでいた。そりゃ気付かなくてもしゃあないか、と思った。田中さんはプリッツを啜り終え肉吸いフェーズに入った。なぜか一々どの肉を食うか迷っている。なんでか聞いたら肉の大きさが違うじゃん?順番があるんだよ、どの肉も納得する順番で食べるのに集中したいからさちょっと話しかけないでくれる?笑と言われた。選別する様は豆味噌の醸造具合を確認する名家の味噌職人さながら。私の眼前で豆をつついたり撫でたりしている。結局一口分だけ残して酔ったようにしゃがみ込み椅子の座面を持ってうなだれた。何やら呪文を唱えている。お前のことは誰も愛さない。お前は幸せな家庭を持つことができない、云々。うるせえなと思いながら大皿に盛られた鴨の足を一本ずつしがんでいると背中から蜘蛛の足が生えてきた。一本一本。ありゃ?これは私の体。うまいなあ、鴨の足。いや私が誰だ?この人間。今まで頼まなかったの惜しいなあ。さっきまで蛹を食べていたのに。いやこれ鴨の足か蜘蛛の足かわかんねえ。どす黒くて毛が生えてるから蜘蛛の足かと思ってるのだが。これ舐めたことがある気がする。鴨の足を食べ終えたらシェフのエミネムが手を揉みながら出てきた。鴨の足堪能していただけましたか?もみもみ。お前そこはラップで頼むよ、と奥の席のおっさんの近くの棚からマイクを取り出して渡そうとしたらおっさんが黒縁メガネを外して寄越してきた。真っ白い歯と赤すぎる歯茎をがっつり見せて笑っている。あーね、りょうかい。エミネムにメガネを渡すと坂口安吾になった。予想外だ!嬉しい。目の前で坂口安吾がオッペケペーの歌を歌い始めた。なんだこれは!私はエクスタシイを感じながら席に戻った。誰もいなかった。元エミネムの坂口安吾とメガネを外したおっさんと薄毛のおじさんだけ。え!?なんで??これは嫌だ、私。胸がぞわぞわする、急に知らない場所に来ちゃったみたいな気持ちになった。心細い。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だひとりにしないで。なんか急に寒くなってきた、そうか冬じゃんもう。薄毛のおじさんが家まで送って行っていいですか?と鼻の下を伸ばしてきた。鼻の下が地面につきそうになっている。拒絶した。うちには猫のぬいぐるみがありますのでひとりで帰ります。日本酒もあります。キムチもあるしビタミンDのサプリもある。だから大丈夫だからついてこないで。結局金を払って出てきた。ちくしょー、金ないのに。自転車を見るとサドルがなくなってて、代わりに足のない鴨が逆向きに刺さってる。うわあ、グロい。よく見たら足のない鴨は私の自転車を埋め尽くしていた、というか自転車が足のない大きな鴨。どうやって帰ろうかな。私はいなくなった先輩たちの自転車をふたつ奪って、手持ちの結束バンドで鴨の足の部分につけた。私は鴨の背中に乗った。このまま鴨川に帰ろう。なんでこうなっちゃったんだろう。私ひとりじゃん。手遅れじゃんもう。こんなことなら薄毛童顔おじさんの愛情でも受け取っておけばよかったーーーーーー涙。涙が止まらない。失ったものばかりだ。今は鴨川に帰ろう。そして鴨たちと一緒に泳ごう。東大路通を南に向かい、百万遍で今出川通を西へ。鴨川が見えてきた。私の実家は鴨川だったような気もしてきた。大きな鴨は通った大通り沿いのほとんどの建物を破壊し、いつの間にか血まみれになっている。ごめんな、お前ボロボロじゃないか私の身勝手のせいで。いいんだよ、これでいいんだ、貴女は川に入って存分に泳ぐがいい。長く甘い口づけをした。もぞもぞ。舌を入れてきた。えそれは違うじゃん。うーん、思ってたより気持ち良くないの鴨。鴨川だ!泳ぐぞ!!!、、、泳ぐか?うーーん、寒いしなー、うわ鳥肌立ってる。風邪ひいたら良くないし、どうする?、、、やめとく?やめとくか。ボゴッ。鴨に川に突き落とされた。ああー、そうだよなごめん無碍にしてごめんなお前の誠意。泳ぎます。、、、あれ、泳げない、なんで、てか体が重いんだが。全身の毛が水を吸って水面に浮かべなくなっていた。え、よく見たら私蜘蛛じゃん。黒くてふさふさだ。というか私私ってお前さっきから誰だよ、誰の人生を生きてきたつもりなんだ。さっきまで蛹を食べてたのに。黒く膨らんだ腕を見ながら水に溺れていると邪念はすべて消えていった。なーんだ、やっぱり生きるのしんどかったんじゃん。一匹の蜘蛛はそのまま抵抗することなく川の泡の一つになった。
〜fin〜
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?