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踊る僕が滑稽に見えるかい

こんにちは。ぼぅです。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。
雨が続き気温も下がりブルーでダウンな日が
続いていますね。

今回ご紹介するのは、2月14日(水)にfewsよりデジタルリリースされた「アンダーソング」

始動ワンマン『cue』のアンコールで初めてファンの前で演奏されてからデジタルリリースされるまで約半年。「早くフル音源が聴きたい!」というファンの声も多く、ファン待望の楽曲といってもよいのではないでしょうか。
昨年秋に全国を回った『fewsと初めてのlovismツアー』のツアーファイナル(w/なきごと,@心斎橋JANUS)では、アンダーソングのデジタルリリースが発表され、その際にDr.松本和也も思わず「大変自信のある楽曲となっております。」と自信を浮かばせていたほど。

「君を主人公にする音楽」から「溢してきたものを“すくう”音楽」にカタチを変えて。挫折というバックグラウンドをもつ4人と、ココロオークションのテンメイ氏をサポートギターに迎えて奏でられるメッセージ性の強いアンダーソング。

まず、アンダーソングのジャケ写がこちら。

(https://x.com/fews_official?t=ErvpoIy3qVAK5i-TqfpyTA&s=09 より)

リリース記念のYouTube配信ではジャケ写について「CGで簡単に…笑」とメンバーが談笑していましたが、『re:cue』『lovism』に続いて完成度の高いジャケ写になっていますね。

海原をバックに斜めを向いた椅子が一つ。
風吹けば砂埃が舞いそうな広々とした大地。

椅子に座る君だけのため踊る僕が滑稽に見えるのか
どんな場所でも君だけの僕を表す椅子なのか
誰かがしがみついていたい唯一の椅子(機会)なのか
椅子取りゲームのような世界で生きているのか

人によって見え方・受け取り方は様々ですが、いずれにせよジャケ写からも何かしらのメッセージを感じるように、fewsは楽曲以外のあらゆる場面でも
“欠片”を残す只者ではない雰囲気が伝わってきます。

そしてアンダーソングの歌詞がこちら。

(https://x.com/fews_official?t=ErvpoIy3qVAK5i-TqfpyTA&s=09 より)

ドラマストア時代にはあまり感じなかった苦労や挫折、負の感情や劣敗の背景を強く表現している楽曲なのかなと思います。

個人的には…
「愚者愚者に成ってしまったら」
愚者愚者に成ってしまえたら」の対比が好きで。
難しいフレーズにきこえるけど、成せる人に対する羨望だったり成せない自分に対する疎ましさが入り混じるなかで、踏ん張ろうとする心↔楽になるため諦めようとする心の緩急は誰しもが抱いてるような気がする、普遍的な感情を上手く表現している言葉遊びだと思います。

作詞/長谷川海に僕が毎度感心していることがあってそれは“散りばめられた言葉に無駄がないこと”。
今作のアンダーソングでより一層その感心が強くなりました。今回は歌詞に注目して噛み砕きながら自分の気持ちやらなんちゃらかんちゃら(笑)を綴っていきます。

「例えば嵐の中で 瓦礫まみれのステージの上

汚れながらそれでもただ踊り続けるか」

皆さんがこのフレーズを聴いて想像した景色はなんですか?少なくとも良質なものではないと思います。Ba.藤井浩太やKey.鮎京春輝のバックグラウンドを知らないのが正直なところですが、ドラマストアを知る僕や皆さんなら容易に浮かんだ景色があったかもしれません。
切り取られた数秒の音楽が波及し評価され、プロモーション力に比重がある、どこか本質的な部分は蔑ろになりつつある気がする最近の音楽業界。その競走に一度はゴールテープを切りかけたが、コロナで蓋を開ければスタート地点に戻っていて。そんな日々の繰り返しだったかもしれない彼らの「解散」という選択。
自分たちの可能性を信じて突き進んだ音楽活動に大きな挫折が生まれたことは確かだと思います(メンバー本人ではないので計り知れないものがありますが…)。
新たな出発。それを仲間だと思っていた顔に告げたときに投げられた言葉に余計な傷を負って。そんなスタートだったfewsの活動。ドラマストアを愛していたファンが追い風にならない逆境も含め、それでもなおステージで音を鳴らし続けられるのか、届け続けられるのか…という葛藤を表現しているのかなと個人的に思います。

「心を燃やす理由は自己満足以上はない」

配信されるよりも先に投稿されたトレーラーで判明したサビのフレーズ。自己犠牲も厭わないファン想いな人間にみえる長谷川海からは想像出来ないフレーズ。他人想いでもなかなか報われないようにみえる彼はまるで「情けは人の為ならず、ならず。」だと思っていました。
でもこのフレーズを聴いて「少なくとも自分自身の為にも命燃やして音楽をしているんだよ?」というメッセージにもとれて安心した部分もあります(誰目線やねーん!)。

音楽を聴いている側である僕も、ライブに行くのはもちろん、日々仕事に勤しむのもプライベートを充実させるのも、自分が満たされる為であることの再認識にもなりました。


君だけのため踊る僕が滑稽に見えるかい

カタチが変わっても、ライブごとにキャパが変わっても長谷川海は、観ている者と1VS1で会話をするようにライブをしているようで。ファンである自分が言うのもおかしな話ではありますが、当たり前にみえて実は難しい「“大切”を大切に」が彼のポリシーなのかなと感じます。

ライブの間奏ではKey.鮎京と目を合わせながら、サポートを煽るように鼓舞しながら自身もギターを鳴らしている姿。ステージに立つ全員が頭を揃えてフロアに一礼する姿。各々の役割を果たしながら目の前にいる人、自分たちの楽曲を聴いてくれているどこかの誰か、そして自分たち自身のため音を鳴らし続けられるのか。離れていった顔と出会い直すことが出来るのか。

Q.(question)ともとれるフレーズが多く散りばめられているのがアンダーソングの特徴だと感じていますが、初めてのミニアルバム『re:cue』はこれまでに対してのA.(answer)と捉えることが出来るフレーズが各楽曲に含まれている気がするので、その対比を楽しむのもいいかもしれませんね。



「しがみついていたい日に見る夢は甘くて苦い」

「そりゃそう思っていますよね」と彼らの気持ちに同情せざるを得ないフレーズ。メジャーデビューが決まりそうだった日、解散を決意した日、ラストライブの日、知った顔が離れていきそうな気がした日、あるいはこれまでの毎日。彼らにもそんな日があるように、僕にもこれまでの人生でしがみついていたい日があって、だけれども時間は過ぎていくもので。過ぎてもなお「大切」なのは変わりなくて。

良い思いをした日も辛い思いをした日にも当てはまる喩えがこのフレーズだと思います。


「最愛を頼りに生きていけるかい」

視えないしがらみのなか、もがき続ける長谷川海が綴るラストフレーズは絶対何かしらの特別なメッセージがあると信じて。何に対する愛で誰に向けた愛なのか。僕はアンダーソングを聴いて浮かぶモノやヒトのことだと思っています。等しく、fewsにも浮かぶモノやヒトがいると思います。
人間がアクションを起こす動機の一つが愛。愛やら恋やらをストレートに表現しない長谷川海が音楽やそのファン、それを生み出し続ける自分自身への愛情をとてつもなく回りくどく伝えた結果がこのラストフレーズだと捉えることも出来て。恋愛達者が口を揃えて言う「好きなだけじゃどうにもならない」に一石を投じるフレーズ(?)かもしれません。

アンダーソングについて「自己満足の応援歌」とfewsは表現していました。ステージをみつめる僕たちの立場で聴くことも出来れば、ステージから届ける側の立場で聴くことも出来る楽曲。リズミカルな鍵盤の旋律に力強い歌声をのせて。fewsと前回のツアー大半を共にしたテンメイ氏のギターが唸りをあげて、鳴き声にも叫び声にも聞こえる小節がアンダーソングには沢山あります(なんか藤井浩太と松本和也に全くふれてないみたいで申し訳ないけど、大前提4人でfewsなので悪しからず!)。

綴ろうと思えばいくらでも出てくるのですが文章構成がめちゃくちゃになるのでここら辺でお開きにしたいと思います。



終わる前に!!!

4月でfewsが始動から1年を迎えるということで、1周年記念に東名阪でライブがあります!

【始動1周年記念ワンマンツアー】
「fews party!!」
3/23(土) 愛知 : 名古屋ell.SIZE
4/6(土) 大阪 : 福島2nd LINE
4/28(日) 東京 : 代官山UNIT  (※翌29日は祝日)

チケット申し込みはこちら↓↓↓↓↓↓↓

名古屋と大阪はまもなくチケット売り切れとの情報もあるのでお早めに…!東京ははなまる付けたいくらいまだ余力あるみたい(笑)なので、GWの春フェスシーズンですが是非fewsのライブに足を運んでみては如何でしょうか!!!


長くなりましたが配信されたアンダーソング、今回の投稿でぼぅはこんな気持ちで聴いてるんだよーってことを片隅に置いてもらえると、また聴こえ方が変わるかもしれません。
皆さんはどう受けとっていますか?X(旧twitter)でもこのnoteを投稿させて頂くのでその際リプ等で教えていただけると嬉しいです!!


それではまた、皆さんに稚拙な感想を伝える楽曲が生まれるのを楽しみに…







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