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 オレの名前は日銭倫太郎。
 毎日、銭に困らない男と書いて、日銭倫太郎だ。
 どうだろうか。いかにも銭がたまりそうな名前だろう。
 これは、うちの両親の悪意に満ちた冗談が生んだ名前だ。
 面白がってつけたのだ。
 しかしオレは倫太郎という名前を随分と気に入っている。感謝すらしている。
 なぜか。
 それはオレが、日銭を稼ぐことを生きがいとし、自らを「銭ゲバ」と称しているからである。

 ああ諸君。勘違いしないで欲しいのだが、たしかにオレはカネのためならなんでもやる。だてに「銭ゲバ」は名乗っていない。
 だが大金持ちになりたいわけではない。あくまで日銭を稼ぐために、己を揶揄しているだけだ。
 荒っぽいことはしない。法に触れることもしない。あくまで日銭。
 オレの手はきれいなもんだ。
 身代金を要求したり、資産家を死に追いやったり、ましてや強請るために他人の喉に刃物を突き立てたりなんぞ、ぜったいにしない。
 みくびってもらっては困る。オレはこの上なく小心者だ。
 繰り返すがあくまで日銭。
〈小銭を稼ぐ〉ということに対して、他人以上に固執している。ただ、それだけの男なのだ。
 この世に生まれ、はじめておカネを手にした倫太郎少年はこう思った。
「なんてうつくしいのだろう。このつるっとした手ざわりは」
 おカネの価値を正しく知る前に、なぜか造形自体に鼻息を荒くしていた倫太郎少年こと、オレ。
 このころパン缶がはちきれんばかりに100円玉を詰め込むことに無上の喜びを感じていたのは、いい思い出である。
 お分かりだろうか。札ではない。硬貨なのだ。
 おカネの存在意義ではない。モノとしての芸術性に熱をあげていたのである。
 いうなれば愛。
 小銭ラブ。
 パンパンに膨れ上がった小銭袋を振り、ジャラジャラ擦りあわせることこそ何ものにも代えがたい、至極のひとときなのである。
 そんなことだから。なおのことオレは〈小銭稼ぎ〉に面白味以上のものを感じていたし、誰より誇りを抱き、青春の日々をそのことばかりに費やしていたのは言うまでもない。
 
 さてそんな「銭ゲバ」の、ルーティンワークともいうべき〈稼ぎ〉の一端。それを特別にお教えしよう。
 オレが学生だった頃の話だ。
 オレの地元は都市圏から大きくはずれ、街並みは近代化から逆行しているくらいのもので、通っていた学園への交通の便はというと大変に悪く、山間に敷地があったためほとんど隔絶地帯と化していた。
 学園は中・高・大一貫教育を行い、未来の学園都市をイメージして建てられた。そのおかげで中心市街の発展を大いに妨げたことは想像に難くないのだが。
 最寄りの駅まで徒歩で15分以上。中心市街への電車でも30分以上かかり、いかに街から見放されていたかが窺い知れる。
 また学園の周囲にコンビニはおろか商店さえなく、園内にある購買だけが学生たちのライフラインであった。まさに陸の孤島。
 だからしばしば、学園内は深刻な物資難に陥ることもあった。
 それは当然。圧倒的な需要に対する供給量が少なすぎるからだ。
 昼前になると、至るところで腹を空かせたゾンビたちが這いずりまわる異様な光景が見られた。世紀末である。
 だが商売にとって窮地は好機。
 オレはその状況を巧みに利用しガッポリ儲けさせてもらった。手を変え品を変えつれづれに売りさばいたのだが、特においしい思いをさせてもらった商材がある。

「おうい、倫太郎! 今日はアレ、まだ残ってるかな?」
 授業の合間、休憩時間に廊下で呼び止められる。客だ。
「おう、あるぞ。50円な。キレイに使ってくれよ?」
 商売に休みなどはない。オレはとっさに営業スマイルを浮かべた。
「いつもサンキューな。ほい、50円」
 手のひらに10円玉が5枚落とされる。にぎりしめた感触がまた、たまらない。
「まいどあり」
「へっへへ、これがねえと1週間がはじまった気がしねえんだよ」
 といった、売買取引の現場である。
 ちなみに彼は馬嶋という男だが、上顧客で旧知の仲でもある。彼には随分と儲けさせてもらった。

 さて、馬嶋という男が50円の代わりに得た商品。つまりオレに高収益をもたらしてくれた商品。それは――
〈週刊少年ミ゛ャソプ〉
 もう一度言おう。
〈週刊少年ミ゛ャソプ〉だ。
 大人も子供も友情・努力・勝利の旗の元、否応なしに熱狂させてしまう病的なマンガ雑誌。
 ご存知だろうか。きっとご存じだろう。
 青少年たちのバイブル。〈週刊少年ミ゛ャソプ〉である。
「あ、ケンジたちの分もいいか?」
 立ち去りかけた馬嶋が振り返る。
「いいだろう。いくつだ?」
「2つで頼む。ほら、100円追加な」
 その週刊少年ミ゛ャソプを1冊50円で50分間貸し出す。この小銭稼ぎをオレは、レンタルミ゛ャソプと呼んでいた。返却の遅延は5分まで無料とした。
「うむ。たしかに。まいどあり」
 うちの学園は都市圏から大きくはずれており、市外からも長時間を惜しまず通ってくるほどの進学校であった。つまり、町ができるくらいの生徒数を抱えるマンモス学校といえる。必然、顧客は腐るほどいた。
 中でもメイン客層は高校生、次いで大学生。中学生もまれにいたが、学生寮など宿泊施設はなかったため、家の近所で立ち読みして帰るものがほとんどであった。ただ、そこを取りこぼしたとしても顧客は腐るほどいた。
 その分、レンタル時間の設定には随分と気を回した。
 高校生だと授業時間は50分。大学生なら1講義90分。となると大学生は2人で借りまわせば返却ポストに返す余裕もとれる。はじめは60分で設定していたがやめた。回転率やコスト低減をはかれば、50分のほうが具合がいい。
「馬嶋。わかっていると思うが」
 念のため、くぎをさしておく。
「あー、わかってるわかってる! 授業が終わったらポストに入れておくよ!」
 ちなみに返却ポストというのは〈日銭倫太郎のロッカー〉、〈下駄箱〉、〈大学棟岡部教授室の使わぬポスト〉、〈部室棟の空き小部屋〉の4箇所に設置した簡易返却BOXである。
 オレは授業の合間にはかかさずポストを回ってミ゛ャソプを回収していった。

「あ、倫太郎! 悪い、忘れてた! この前の延滞料!」
 今度こそ立ち去りかけた馬嶋が手を合わせ頭を垂れた。
「ああ、そういえば、10分くらい延滞だったか」
 延滞金に関してだが、10分で10円。特に納期は儲けていない。
「わりぃ、今月苦しいんだよ! もうちょっと待ってくんない?」
 たしかにレンタルミ゛ャソプは1分1秒を争うサービスだが、縛りを厳しくすることはしなかった。それこそ客数減少の要因となってしまう。
「いいだろう。待っているよ」
 機械的に顧客管理できない分は、オレが足で稼げばよい。
「恩に着るぜ倫太郎! んじゃ、あとでな!」
 当時、レンタルミ゛ャソプは学園内でひそかに話題となった。学生が、同じ学生相手に商売をしているという事実を大人たちに知られるわけにはいかなかったので、色々と神経を使った。話題になったぶん、声をかけられることは増えたが、どんなひとにでもサービスを提供することは控えた。慣れれば商圏をひろげていったが、はじめは手さぐりだった。
「また休憩時間にここで待っているよ、馬嶋」

 では最後に、このレンタルミ゛ャソプの「稼ぎ」のメカニズムをお教えしよう。
 各々、手元にメモ用紙があるなら、軽く手を動かしながら聞いて欲しい。
 まず1冊のレンタル料は50分で50円。
 これが飛ぶように回転するから朝8時から夕方4時までで1冊につき、客数8~9人。
 これだけでも400~450円の売上。そしてミ゛ャソプの仕入れ原価は240円。
 消費税込みでも利益率は4割程度。
 それに加えて上客ともなると、昼休みの教室で、放課後の部室で回し読みする輩があらわれる。それを抱き込めば、1冊につきもう3回転くらいはイク。
 ミ゛ャソプは月曜を過ぎると読まれる確率はぐっと落ちるため、商売は発売日に一局集中。最終的に1冊だけで550~600円の売上が見込める。
 オレは商品を10冊は仕入れていたので、いいときには日計6000円オーバーを叩き出した。
 ただし!
 仕入れるミ゛ャソプの原価は、250円(税込)と言ったが、実は金額に偽りがある。
 オレは商品を定価で購入していないのだ。つまり店先では購入せず、とある取引を確約した仕入れ人10人から、割安で購入するという手法をとった。
 その仕入れ人とは・・・県外からこのド田舎まではるばる電車で通学する学生諸君である。
 仕入れ人たちは、毎日1時間ほどの電車通学を余儀なくされる者も多く、通学時間の暇つぶしにミ゛ャソプは最適。
 毎週購読するのを惜しいとは思わない。
 オレはそんな仕入れ人たちから、定価250円のミ゛ャソプを100円で買い集めた。
 捨てるにも手間のかかるマンガ雑誌を100円で処分できるというのだから、取引に乗らない手はない。
 仕入れ人は向こう1年くらいキャンセル待ちが続いた。大盛況だ。我ながら絶妙のバランス。
 さて、この100円の原価で先ほどの計算をやり直してほしい。
 オレはこれを高校3年間と大学4年間かかさず続けた。
 ひと月に4回ミ゛ャソプが発行されるとすると…どうだろう?あとは各々で計算してみてくれ。
 小銭も積もれば山となる。なかなかの稼ぎっぷりだと驚くはずだ。
「小銭をだいじに稼ぐ者は、いずれ大金に身を埋める」
 これはオレの持論だ。
 各々、くれぐれも真似しないでくれよ。まだ訴えられたくはない。
 ちなみにオレは、レンタルミ゛ャソプで稼いだ金をミ゛ャソプ貯金(168万円)と呼んだ。
 これをどう運用したかは・・・まあ、またいつか語るとしよう。

〈了〉


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