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最近の考察

私は最近友達と鍋をすることが多い。理由は温まりたいから、人とご飯を食べたいから、という至って普通の営みとして鍋を食べている。しかし、鍋を繰り返す中で気がつくことがあった。まず、鍋は垣根を作らない。「演劇の話しよう」というと交友関係の中でもほとんど半分くらいは話せなくなる。しかし、「鍋しよう」というとほとんどの人は「いいね」と言ってくれる。そこからコミュニケーションがスタートし、生の実感というか、豊かさのようなものが感じられるようにまでなる。つまり、鍋ということばが想起させるイメージは、演劇ということばのそれよりずっと「共有物化」されている、ということではないか、と考えた。私は演劇や、芸術について話したり実践したりする自分に自由を感じることが多いが、ほとんどの人にとって、それらの言語圏は自由なものではなく、ある特定の人々によって「技術化」または「プロフェッショナル化」されたものなのではないか。そしてほとんどの人にとって鍋というのは自分たちの自由が許された、より身体に親しいことばとして受け止められているように感じる。
ここで思考実験をしてみる。例えば私が、「いまから鍋という作品を上演します。集まってみんなで鍋を食べましょう」というとする。そうなったとき、ほぼ間違いなくその場はぎこちないものになるだろう。それは芸術や演劇、その作品ということばによって鍋というイメージを所有することによって、作品、という反復の中の一つ、という見方を強制することになるからだ。また、それは私個人の作品、という所有にも入ってくるので、途端にこわばった、自由さのないものになるだろう。「この人の想定したように楽しまなくてはいけないのかな。」といった不安や、「作品として成立しなきゃいけないんじゃないか」といった不安がよぎる。この思考実験は、簡単に現代アートのやってきたことを表していると思う。つまり、アートではない共有物をアートの県域に持ち込んで膨大な反復の中で精査にかけ、アートを疑似共有地化しようとしてきた、という歴史なのではないか。その占領の歴史に、ダンスや演劇も半分巻き込まれてきたはずだ。もちろん、現代アート、ひいては西洋近代美術の反復の中に巻き込まれることは悪いことだけではない。なぜならその反復の中にあればいくらでも自らの美学を洗練、発展させることが可能になるからだ。コンテンポラリーアートのパフォーマンス的傾向の背景には、演劇、ダンス、というだけでは閉鎖され、伸びしろのなかった領域が、現代アート、という他者との比較にさらされることで飛躍的に自由を得てきた事情があるのではないか。しかし、また振り返ってみるとパフォーマンス的な傾向をもった現代アート、現代アート的な傾向を持ったパフォーマンスも、完全な自由ではなく、殆どの人間にわかられないものになった。簡単に言えば、それは一部のエリートのものであって、自分たちのものではない、という感覚を多くの一般市民に植え付けてしまったということだ。今豊岡で起こっている演劇や芸術に対する一部の人のさめた目線というのは、こういった歴史的な背景に起因するのだろうと思う。

ここで茶道に注目してみる。茶道は文字通りお茶を飲む行為ただそれだけだ。お茶は日本では一般的な飲料だし、食後に飲むのも当たり前の光景だ。その営みを感性に訴えかけるものにまで高度に発達させたものが茶道、と言える。今でも日本のあらゆる場所で茶道教室があり、ここ豊岡にも多くの教室で茶道が習われている。ここでまた茶道と演劇との違い、が気になる。茶道はある意味、「共有された行為としてのお茶」を共有されたままに体験として高度にしていくことに、ある程度の成功をしたんじゃないだろうか。庶民もお茶を飲む、高貴な人もお茶を飲む、その間に行為としての差はなく、実際、千利休は庶民に対してお茶会をひらくようなこともしていたようで、その時は長蛇の列ができていたようだ。

私の問題意識は、このようにある瞬間突発的に自由が開かれ、これだ!と思う体験を得たとしても、結局は西洋芸術の歴史に回収されたり、資本主義的な消費の流れに回収されたりして硬直して不自由になってしまう芸術を抜け出したいというところにある。誰のものでもないし、何が起こったのかもほとんどわからないまま、のカオスなものがある程度カオスなままに持続していくためにどうしたらいいのか、ということを考えている。

前提にある考えは、芸術と呼ばれるものは、そう呼ばれる以前の、わけのわからないものとしてただ存在するような理解不能なものである。ということだ。そこに至ることはおおくの芸術家たちがなし得てきたことだと思う。しかし、理解し得ないもの、ことばにならないもの、という領域でさまよい続けることはどうしたらできるのか。この深淵で持続するためのアイデアを考えることがこれから表現を考えるものの仕事なのではないかと思う。

このような考えを経て、自分の中でアーティスト像が更新された。これまではとにかくアーティストに信念があればよく、その軸を下に現実を読み、書き換えていく。そしてその存在自体が表現になる、というような感覚だった。今は、信念を持つことは依然として重要なことと思いつつ、はぐらかすことや価値のバランスを取っていくこと、イデオロギー化しないこと、ちゃんと混乱させ続けることなどが重要なんじゃないか、と考えるようになった。視覚的なイメージで話すと、板の上でボールを転がし続ける、みたいな感じがする。それは持続的に変化することだし、でも信念や直感を失わない、という高度な作業だ。

例えば、コレクティブという言葉があるが、関係性が硬直化しがちな演劇の人間にとってある特別な響きをもつこの言葉は、同時に共産主義的なユートピア幻想ももたらしがちだ。コレクティブであることは可能であり、そこではみんな平等である、といったような。しかし、そんなユートピアはない。漸近的に近づくことはできると思うが、しかし、どこかで誰かがイニシアチブをとり、重心をとっていることにかわりはない。しばしばコレクティブということばは資本主義による格差や差別主義、エリート主義への批判としても使われたりする。しかし、その一方でコレクティブ批判もされなくてはいけない。コレクティブだって一つの不自由の形であることに変わりない。しかし、私は共同で作ることの心地よさのようなものは実感として、信念として持っているため、立場としてはそちらに偏った活動をする。しかし、ときに過剰なコレクティブ主義を批判するためにあえて格差を際立たせるものを作ったり、逆に差別主義を批判するためにあえて過剰に差別的なことばをつかったりするかもしれない。その信念の深度がいかに現実に深く作用するものであるか、と同時に、いかに批評的な身のこなしをして私が提案する参加を拒絶する人を減らすか、つまりより多種多様な人が参加できるか、というバランスの調整をしていかなければいけないのだと感じている。

こういった問題意識をもったときに、「やらないでもない」という感覚の重要さを感じた。それはある意味主体のはぐらかし、というかごまかし、みたいなものだ。アーティストが、「なんかこうなってました〜」という顔しながらやってる、みたいな感覚でいること。
その参照作品として、自分の中で大きな影響を受けた作品に、クリストフ・シュリンゲンズィーフの「オーストリアを愛してね!」がある。この作品はウィーン芸術週間で行われたパフォーマンスで、オーストリアの保守政権が躍進して与党と連携を組んだことがEUの中で話題になったときの社会状況を照射するものだった。保守党の自由党は移民難民に対して厳しい姿勢を取る。その状況をあえて街に現出させるようなことをした。具体的には、オペラ座の横にコンテナを設置し、その中に12人の移民難民の人々(おそらく役者)が入れられ、共同生活をさせられる。それをネット番組として24時間放送した。その放送では投票可能になっており、視聴者投票によって脱落者を決めていき、最下位の人はコンテナから追い出され、帰国させられる。一位のひとだけオーストリアに住む権利を与えられる、というリアリティーショーをしたのだ(ビッグ・ブラザーというリアリティーショーの転用)。コンテナには「外国人よ出て行け!」の垂れ幕が書けられ、過激に人々を煽った。その結果、大歓迎する右翼、大激怒する右翼、に真っ二つに別れ広場で激論を繰り広げだしたり、大激怒する左翼がコンテナを襲撃して救済しようとしたり、果ては街の治安が悪化するという大変な騒動になったのだ。このような、アーティストが主張をしてそれを聞いたり聞かなかったりというモデルではなく、共有されたフィールドから反応を引き出してその結果としてのカオスによって現実がおどろくほどあらわになってみんなで一から混乱してしまったりするような作品は稀だがある。ちなみにシュリンゲンズィーフ本人は別の活動で貧困や格差の問題に対してほとんど活動家的なアクションをおこしていたアーティストだ。彼の中の信念は確かに現実を変えようとして、またなんらかの現実を動かしただろう。しかし、彼の作品はある特定の界隈の人だけでなく、多様な人の属するこの現実というフィールドを揺さぶり、変化を促したはずだ。

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