6年くらい前に高級ホテルのバーテンやってた時に書いた日記

「やっと不倫辞められそうだよーーw」

「やっとかよーw」

バーテンダーの、アルバイトをしている。

俺の県で、一番の高級ホテルで、最上階にしては低すぎる11階という階層から、少ない街明かりが、ガラス張りのBARからよく見える。

ポツポツ。ポツポツ。と。

それは東京都庁の展望階から見た夜景とは比べ物にならないくらい低くて
みなとみらいを望んだときよりも、小さな明かりが、ポツポツ。と。光っている。

バイト先が、好きだ。

ゆったりしていて、社員とも仲がいい。

俺は、小林さんという社員バーテンの人と二人でいつもバーを切り盛りして、
客が来ないときなんて暇なもんで、ボトルを磨きながら漫画の話をしてみたり、
地元の話、昔の話をしてみたり、ゆったりとバイトをしている。

他にも何人か社員がいて、同年代の女社員とか、他の部門のやつらが仕事が終わるとバーに遊びに来る。

俺もバイトを終えると、バーカウンターに小林さんと二人で、あるいは他の社員を交えて、酒を飲みながら少しグダって帰るのだ。

社員達の話がしたい。

そういう意味ではないが、やはりホテルの社員というのは有名大学を出て、キャリアを~とか、そういうのじゃない。

高卒で働いたり、中卒で働いたりして、そういうのがほとんどだ。
わかんないけど、ソシャゲをぽちぽちやってるのを見る分、普段の話を聞く分にはおそらくジェンダー論とか、政治とか、社会とか、そういう小難しい話には興味は一切ないんだと思う。わかんないけども。

俺のことを聞かれて、来年から大学院に行きます。というと、大学院の存在を知らなくて、同年代の女社員から

「あー、住む世界が違うわ」といわれた。

俺の両親と同じだ。

同じ世界。

中1のときに俺がたどる予定だった世界だな、って。思った。

本当にBAR部門の社員達のことは普通に好きで、仲がいい。
けど、びっくりした。正直、「こんな世界があるのか。」と思ってしまった。それは、悪意ではなく、正直な感想として。

離婚。再婚。連れ子。風俗。ギャンブル。ソシャゲ。
クラブで出会った彼氏が介護職。中絶。大声で今日生理だから、とか言ったり。
同年代の女が、男がいる前で下品なことをバンバン言う。

すげー、な。と思った。

かしこぶってるつもりは無いんだけど、ちょうど大学院に行ったときに、教授と学会とか研究の話をしたり、メディアのあり方とか、働いてるやつと業界の体質とか、技術とか、少しやんごと無き会話をした後だったから余計そう思った。

わかんない。酒の席だからだろうか。

でも、見えている世界が違う。と思ってしまった。

ここは、縁と身内の世界だ。

この世界は縁と身内でつながりあい、共同体を作る。
村社会みたいなものだ。身内のつながりを、助け合いを大事にして

「ウチら」と「別の世界」を区別する。

そうして、「ウチら」の中で完結する固有のコンテキストがある。

話の内容は、とてもくだらない。とても薄い。

恋愛、セックス、ギャンブル、会社の上司の悪口の話、、、ソシャゲの話。

「即時的な快楽をいくつ消化したか」が価値観の基準だったり、
何かなしたい事が、ある人間は異物みたいな感じ。

それでも、すごく。すごく暖かい。
この空間が、その下らない話が、すごく好きだ。
わからないけど、すごくいとおしくかんじる。

とても優しい、完結した世界、なのかもしれない。

セックスの話をして、「やっと不倫やめられるわーw」と。軽く流す。
同年代の女で、そ事笑顔で言う人を俺は見たことなかったから、その軽いノリが凄いな、と思った。

それが、楽しい。
幸せな空間だと思う。

そうやって爆笑して、それで、ブラックなホテル社員の彼女たち、
辛いらしい。

ふと、ひとしきり笑った後、カウンターにゴツン、と強めにグラスをたたきつけて

「あーーー、幸せ。」と、本当にぽっと、ぽっとこぼす。

俺は、一緒になって笑っている。その空間が、好きだ。
自分自身でいるつもりだ。それでも脳内に色んな事が浮かんできてこうやって分析してしまう。何かを考えてしまう。

酒を飲んで酔っ払って、くだらない笑いをやって、楽しいと思いながらこころのどこかで、「幻想だ、アルコールのもたらす薬理作用に過ぎない」と思っている。

俺は、そんな自分を恥じる。
本当に恥ずかしいやつだと思う。

そうやって切り取って、何かから逃げいている。
線引きをしている。その場に、マジになれない。

彼ら、と俺、で区別しているのかもしれない。
心からその瞬間を歓迎できないこと、心から幸福と思えないことを、恥じる。

せだが、幸せじゃない。

身内の世界で完結して、即時的な快楽がメインの世界。

恥じるよ。自分を。

「○君彼女いないんだねー、若いんだから何にも考えずにヤリまくればいいのに。俺の若い頃なんて、女連れ込んで、もう、そりゃアレだったよ。」

「そーそ、なんで彼女と別れたの?」

俺は、シラフの、どれだけ酒を飲んでも理性を飛ばしてくれない頭を抱えながら、わざと酔いつぶれたフリをして

「あーーーー!!もうマジで彼女欲しいっすよーーー、未だに引きずってて、、うわーーー、、もう○○さん、俺と付き合いましょ、いったんホテル行きます?あーーー、さみしいい、、クリスマス一人は嫌だぁあああー」

みたいなことを言った。

弱さを出しながら。

笑ってくれる。みんな、笑ってくれる。
これは、キャラとギャップってやつだ。
盛り上がる。そうやって、いつも。愛してもらえている、と思った。

「彼女作りなよ~w幸せだぞ~w」

と、俺はやめてくださいよ!と笑って返す。

何者にもなれないと、自分の望んだ事を成し遂げられる、誰かにとっての誰かで終わることが、嫌だったからです。安定は停滞で、成長できず、安寧に甘えるくらいなら、いっそ死んだほうがマシだ、誰にも愛されないほうがマシだ、と思ったからです。

そんな、俺のダサい、感情。言うわけがない。みんな、そうなのかもしれない。

安寧があるからこそ、安定があるからこそ、停滞してしまうと思いませんか-。
僕達はこのまま、誰にもなれず、父親や母親になって、そんな事で何かを錯覚してしまうと思いませんか-。

それが、恐ろしいとは思いませんか-。

何かを捨ててでも、何か、自分であるために貫きたい何かが必要だと思いませんか-。

俺のダサくて、異常な自己愛と選民思想にまみれた、ことば。

そんな事を吐き出せるわけがない、と思いながら、理性が飛ばない自分の頭が、冷静になっている、そんなことを考えてしまう自分が宇宙で一番みっともないと思った。

何もできていなくて、惨めで。
だから、必死に自分を取り繕う何かが必要で。

みんな、優しい。

幸せな、空間だ。

「○くんはさ、難しく考えすぎなんだよ。もっと、自由に、楽に生きればいいのに。」

同年代の女が俺にそう語りかけた。

驚いた。俺、そう見えてるんだって。そんなそぶり、見せたつもりも無いのに、どこか、どこかで、伝わっているのかもしれない。にじみ出ているんだろうな、と思った。

「何も考えてないっすよー」

誤魔化すように、ウイスキーを流し込んだ。
今飲まなければ、何かが噴出してしまう気がした。

「私達まだ若いし、ましてやきみなんて、勉強してこなかった私と違って、いっぱい稼げるし、都会に出てさ、選択肢もいっぱいあるんだからさ、ね。もっと楽な方向に行けばいいんだよ。楽しまなきゃ、損だよ。」

本当に、優しい人たちだ。

俺は、本当にこのバイト先に愛着がある。

幸せの価値観が無い自分が、比較しなければ自分の存在を確認できない自分が、
劣等感まみれで、ありのままを受け入れない、うぬぼれた自分が、死ぬほどダサいと思った。線引きして逃げている自分が、死ぬほど、情けないと、本当に思った。

「そのままでいいんだよ、君は君らしくあればいい。」

たぶん、愛してもらえてる。

そう、思う。

愛されて生きてきたと思う。

誰も俺に何かを強制しなかった。誰も俺を追い詰めなかった。
自分で勝手に、障害物を作り出してきた。

結果を出せば、認められると思った。
ありのままの自分を愛せなかった。

誰も、何も俺に強制してないのに。
友達は、仲間は。恋人は、社会じゃなくて、仲間で、優しかったのに。

俺だって、友達にそういう。そういうのに、自分を追い詰めている。

「そのままでいいんだよ、何があっても好きだよ。大事に思ってるよ。」

「一緒にいてくれれば、それでいい。後は何にもいらない。」

何も望まれてなかった。そのままで、愛されていた。

俺も、相手に対してはそう思う。
身内、仲間、そのままでいい。生きていてさえいてくれれば、

友達が刑務所に入っても、殺人やっても、友達だ。
俺は友達や、親しい人に上司でも社会でも会社でもない。みんなだって、俺に対してそうだった。

それでも、何かを望んだ。それでも、思考をやめられなかった。

どれだけ愛してもらえても、そのまんまの自分自身が、どれだけ優しくしてもらえても、自分自身を受け入れられなかった。

安定は安寧だと思った。安定は安心は停滞で、幻想で、嘘で、
即時的な娯楽は、その場を将来を誤魔化すためのドラッグだと、思った。

自分をキチンと自分で愛せるようになるために、成長できなければ意味が無いと思った。

安定は停滞。安心は安寧。くだらない幻想。だと。勝手に。

今でも、やっぱり、そう思う。そう思う自分がいる。

それでも、昨日のあの優しい時間が。
小さなカフェで食べたご飯や、カラオケ屋で馬鹿騒ぎした瞬間や、

何気ない、朝起きたときに相手がいて、笑ってもらえて、出かける前の、ぼーっと、後ろ姿を見つめていた時や、好きだ、とか伝えられた瞬間が、そのままでいいよ、

と優しくされた瞬間が、とてもとてもとても、幻想だなんて思えない。思えなくて。

それで、結局自分が、何もできてなくて。

与えられて与えられても、満足できなくて。

何の意味があるのか、と思った。

何も考えずにすむなら、そうありたいと。

与えられたものに、満足できるようになりたい、と。思う。

けれど、けれど、けれどけれど、それでもそれでもそれでも、

それでも、だけどやっぱりしかし、どれだけ考えても、

俺は、俺自身を諦めることが、出来なくて、出来なくて、出来なくて。

諦めが悪い。

けれど、幸せの価値観が、少し。少しづつ、わかるようになってきた気がする。

本当に下らないけど、周りの人々が、幸せでありますように。


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