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葉月の植物図鑑 「悲劇のローズマリー」

「愛しい人よ、これがローズマリー、思い出の花。お願い、いつまでも私を忘れないで」

これは、シェイクスピアの四大悲劇『ハムレット(Hamlet)』の第四幕第五場。

狂気のオフィーリアが腕にいっぱいの花を抱えて、宮廷の大広間にいた自分の兄を恋人ハムレットと思い、ローズマリーを手わたして言う台詞です。

物語は、ルネッサンス期(1600年頃)のデンマーク。

王子ハムレットは、父を殺し母を奪って王位についた叔父に復讐をするため狂気を装います。

そして目的のため、恋人オフェーリアにさえ自分の気持ちを偽り「尼寺に行け」(この頃の尼寺は娼館でもあるとの記述がある)と残酷な言葉を浴びせるのです。 悲劇は続きます。ハムレットはオフィーリアの父で王の重臣であったポローニアスを、叔父と間違え刺し殺してしまうのです。

オフィーリアはついに正気を失い、間もなく川で溺れ死んでしまいます。誤って落ちたのか、自殺だったのか、その様子は王妃ガートルードの言葉によって語られます。

オフィーリアの物語は絵画のモチーフにつかわれることが多く、たくさんの画家が彼女の美しい姿をキャンバスに残しました。 そのなかでも代表作といわれるのが、ジョン・エヴァレット・ミレイ(Sir John Everett Millais, 1829−1896))です。 この絵はミレイの代表作というだけではなく、「ラファエル前派」を代表する作品でもあり、写実的で緻密な自然描写が秀逸です。

絵の中には、異なる季節の花が混在してます。そしてそれぞれの花には意味が込められているのです。

柳(見すてられた愛)、 野バラ(喜びと苦悩)、ミソハギ(純真な愛情)、スミレ(誠実、純潔、貞節)、 ケシ(死)、パンジー(叶わぬ愛)、 ナデシコ(悲しみ)、ヒナギク(無邪気)、バラ(愛)、忘れな草(私を忘れないで)、キンポウゲ(子供らしさ)=探してみてください。

狂気のオフィーリアが、ハムレットだと思って渡した「ローズマリー」。

和名はマンネンロウ。 花言葉は「思い出」「記憶」「貞節」「誠実」「変わらぬ愛」と記憶に由来するものが多く、 その成分である、シネオール、カンファー、ベルベノンは頭脳を明晰にし、集中力、記憶力を高めるといわれ、そのことから、アロマテラピーでは「記憶のハーブ」とも呼ばれています。

そして最近では、精油の成分が「認知症」に効果があるとして、医療の現場でも注目されることになりました。

ローズマリーのハーブとしての歴史は古く、14世紀イタリアの修道院でつくられたローズマリーのエキスを抽出した 「ハンガリー水」が老齢のため健康を害していたハンガリー王妃エリザベートに献上されます。

そしてこの「ハンガリー水」の効果は、健康な身体と、50歳も年下である隣国ポーランドの王子からのプロポーズされたというエピソードから「若返りの水」の別名を持つことになります。

オフィーリアの悲劇とエリザベートの幸運。

狂気になることで、ハムレットへの変わらぬ愛を貫いたオフィーリアと現実の世界に生きて幸せになったエリザベート。 一つの花にも数々の物語があります。 道端や公園、花壇にある植物をみたとき、その花にまつわるエピソードを思い出すことで、ますます植物との距離が近くなっていくことでしょう。

WRITTEN BY 天野葉月 

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