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光の環

光の環
軍神
 
国東半島から大分市方面に向かって内陸へ大きく湾曲する、別府湾、その湾の中央部に位置するのが、温泉湧出量世界一といわれる別府市である。
 
その昔、この海辺は砂浜と松原が続く、風光明媚な景色であったらしい。
その面影を少しでも残すべく、海浜公園が整備されている。
しかし、昔の面影は残念ながら、全く無い。
 
志村は夏季休暇を利用して、生まれ育った別府へ、妻を連れて二泊三日の小旅行に来ていた。
 
『帰郷は、かれこれ20年振りかな?……』
海を見つめながら、昔に思いを馳せる。
妻はホテルに残してきた、一人で思い出の場所を散策したかったのである。
あちこち、思い出の場所を散策し、海浜公園のベンチに腰を下ろしている。
2~30分もそうしていただろうか、
『ふぅ……』
小さなため息をつき腰をあげようとした。
ふと、海辺の方へ目をやる、
『ん?何だ?あれは……』
前方2~30m、太陽光で型どったような、直径2m程の輪っかがある。
よく見ると、地上から30㎝程か、浮いて見える。
志村は、目をこすり、目を瞑り、下を向く。
しばらくして……
もう一度、前方を見る。
 
『やっぱり、あるじゃねぇか!』
何故か、乱暴な言葉遣いになっている。
あたりに人はいないか、確認しながら、恐る恐るその謎の光に近付く。
『何で、こんな時に誰も居ねぇんだよ』
この言葉遣いは恐怖心からかも知れない。
 
人は、未知のものを恐れる。
志村は、一度立ち止まり、自身の頭脳の検索エンジンをフル稼働させる。
 
やはり
『な、なんだぁ、これ?』である。
誰か来ないかな?自分以外の誰かに、この謎の光に触れさせよう……
などと云う、不届きな考えが頭をよぎる。

『よし!』
志村は意を決して、そっと光に触れてみる。
何ともない。ただの光である。
 
志村、再び周囲を見渡し誰かいないか探してみる。
誰も居ない・・・
やがて何かに誘導されるように、光の環の中にに入ってみた。
何ともない……
 
あたりを見渡す。
『えっ!』
と言ったきり言葉が出ない。
「何ともなく無い!」
今居たはずの海浜公園が無い。
海辺は、どこまでも続く砂浜と松林である。
志村、言葉を発することが出来ない。
目をこすっては、あたりを見る。
何度やっても同じ光景である。
やっとの思いで声が出た。
『オーマイガッ……』
この状況でなぜ英語なのか分からない。
 
『落ち着け、落ち着け。
こんなことがあるわけ無い。
取り敢えず、腰を下ろして、冷静に考えることだ……うん……』
 
『夢だ。これは、かなり現実的な夢だ。
と云うことは、女房にいい話題が出来た…………ハハハ………
ぼちぼち目を覚まそうかな………』
目も覚めなければ、風景も変わらない。
『…………』
しょうがない、
夢の中で、寝てみるか………と思い手枕に身体を倒そうとして、何となく目線が海の方へ、
『何!・・・
これは、水平線じゃない!
何だ?
船団?
それも、尋常な数じゃねえぞ』
志村の視界の端から端まで、船である。
『大漁祭り?』
故郷、別府で「大漁祭」など聞いたことが無い、
しかも、笛、太鼓、鐘の音が全く聞こえない。
しかし、それぞれの船には、幟が林立している。
次第に近付いて来る。

「おいおい、何だってんだよぉ・・・
ん?あの幟に染め抜かれているのは、カタバミ?・・・』
志村、なぜか植物に詳しい。
「えーっと、スマホ、スマホ・・・っと」
家紋、カタバミと検索しようとするが、スマホが全く反応しない。
そうこうしているうち船団は徐々に浜辺へ近づいてくる。
「うーん、うーん・・・なんだなんだ?
船団?海の向こう?
長曾我部・・・そうだ!
てことは七つ片喰紋{カタバミモン}かぁ!』
志村、戦国史は病的に詳しい。
 
やがて恐るべき数の船が、次々に砂浜に乗り上げる。
安宅船とおぼしき軍船が数十隻、その周りを数えきれない数の小型軍船が
浜脇方面から亀川方面まで、海を埋め尽くす。
そして、槍、刀、弓などで武装した仰天するほどの軍勢が下船、上陸して来る。
『あ、あの、すみません。
今日は、お祭りか何かですか?』
と馬鹿な質問をしてみる。
志村、タイムスリップを認めたくないのである。
誰も返事をせずに、どんどん脇を通り過ぎて行く。
『ん?聞こえて無いのか?
すみません!もしもーし!』
思えば、誰も志村の存在に気付かず、ぶつからず、すり抜けて行く。
 
『それにしても、なんだかカッコいいな………』
 
上陸した軍勢は手際よく海浜の松林の一角に幔幕を張り巡らせてゆく。
幔幕にはやはり片喰紋が見事に染め抜かれている。
そっと、幔幕の隙間から中の様子を伺う。
置き楯をテーブル状に並べ、甲冑武者が十人ほど床几に着座している。
 
どうやら、上座の二人の武将は、長宗我部元親、長宗我部信親父子のようである。
置き楯の上に何やら絵図面を広げ協議しているようである。
 
「長曾我部父子か・・・」
「そうだ、先ほどから彼らには俺のことが見えていなんだ」
そっと幔幕の中へ足を踏み入れる。
誰も気に掛ける様子はない。
「やっぱりな・・・」
しばらく協議を聞いていたが、あまりよく分からない。
明朝、日の出と共に出発するらしいことは言葉の端々で何となく理解できた。
 
『史上、西大分あたりに上陸したという四国勢は、体勢を整えるために、一旦、別府に上陸してたんだ・・・』
 
翌朝未明、四国勢(仙谷秀久勢を含む)は、別府を離れ大分方面へ向かう。
大将船らしきものに乗船した志村は、確信した。
「長曽我部元親、信親父子に間違いない。
俺は、戦国時代にタイムスリップしている。そして、この信親は、もうすぐ死ぬ。
まだ、二十歳そこそこなのに・・・」
この信親、身長は180センチ以上あり、現代人にしてもいいくらいの美男である。
 
やがて、今の西大分あたりの砂州に船団は、乗り上げる。
全員が上陸した後、浜辺で全員が整然と居並ぶ。
総勢、兵站まで入れると一万?数千名はいるようである。
 
志村、思わず、信親の元へ行き
『行っては駄目です!あなたは死にます!』
頭では、歴史に介入することは駄目だ。
ましては、志村の存在は彼らには見えていないことは分かっている。
それでも、叫んだ。
『駄目だぁ!』
声を限りに叫んだ。
 
長曽我部信親
「これより、戸次川へ向かう。
今、軍神の声を賜った。
父、元親の後ろに軍神が降臨した。皆の者、控えおれ!」
 
志村、元親の後ろに立っている。
 
万に垂んとする家臣が膝まずく。
長曽我部元親、信親親子も、志村に向かって片膝つき、頭を垂れる。
『ななな何?』
志村、狼狽し何となく後ろを振り向く・・・・・
「あっ!・・・ひ、光の環だ・・・」
志村、負け戦になることは分かっている。史実だ。
しかし、そのことは言えない・・・
放心状態で
『各々方、くれぐれも御身大切に……』
涙が溢れた。
 
長曽我部の軍勢、
「ははぁ!」
 
志村その言葉を背中で聞き、そっと光の環をくぐった。
 
                                   完
 

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