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光明 第2章

第2章
エミリ

「ママ、行ってくるわね」
「気を付けるのよ。最近は交通事故が多いし、エミリはとばすから・・・」
母、鞠子が言い終わらないうちにドアを閉める音がする。
「全く、あの子ときたら誰に似たのかしら」
郊外の比較的高級な部類に入る住宅地に、エミリは母と二人で住んでいる。
エミリが幼い頃、
「ママ、うちにはどうしてパパがいないの?」
「パパはね、天国で神様のお手伝いをしながら、エミリのことをお空から見てるのよ」
それ以来、エミリは父親のことに触れない。賢い子だと思う。
鞠子としても父親の分まで頑張らなければとわき目もふらず働き、大学まで卒業させた。
しかし、一抹の寂しさのようなものは、母子ともに心の底に沈殿しているのである。

エミリは車を走らせながら、研究室で眉間に皺を寄せ論文を読みふけるカチンスキの顔を思い浮かべる。とにかく笑わない男である。
必然的に研究員達からは敬遠される。真面目過ぎるのである。
しかし、そんなカチンスキを嫌いではない。自分も似たような者だからだ。
ハーバード大学医学部を卒業後、脳科学研究一筋の人生を歩み、三十六歳になる今でも独身のままである。
食事を共にし、一夜を共にする相手はいるが、向こうも研究者、幸せな家庭生活などに全く興味を示さない。研究者というものは変わり者が多いのである。

「エミリさん、おはようございます」
研究所入り口の守衛室から声がかかる。
「おはようジョン」
顔パスで通過する。


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