わが青春想い出の記 35 洋子死す
わが人生想い出の記 35 洋子の死
洋子からの手紙は差出人が洋子ではなくて「妻」と言う差出人であった。自分はその「妻」という文字を見て嬉しかった。思わず手紙もろとも抱きしめた。もう僕たちは夫婦なのだ。洋子は自分のことを「妻」と言っている。「妻」と書いた。僕も洋子のことを「お前」と呼べる。夫婦だから呼べるのだ。いままで手紙の上では気軽に使っていた言葉でも、実際に言ったことがない。面と向って言ったことがない。だから実感がなかった。しかし間もなくそれが言える。何と嬉しいことではないか。実感として伝わって来るような気がする。早く、早く、一秒でも、一分でも早く那覇に着きたい。自分は手紙を読み終わると港へと急ぎ船に乗った。
積荷の積み込みで船が遅れはしないかと心配したが、銀河丸は予定通り東京・日の出桟橋を出航した。横浜の港でもほぼ予定内の時間で積荷を終り定刻に出航した。
船はエンジンの回転数を上げ、速度を上げながら東京湾をすべるように、沖へ沖へと進み、洋子が待っている那覇に一分、一秒と近づいている。波も穏やかで海は油を流したように滑らかに、それは二人の門出を祝福しているかのようでもあった。
船よ走れ走れ、もっと早く走れ。
自分は船のデッキに上り、ぼんやりと海を見ながら思いは那覇、洋子と再会した時の喜び、その第一声を何と話そうかなどと考えていた。そこにボーイがやって来て、
「電報が来ております」と、一通の封書を渡した。
自分は電報を受け取りながら、電報の送り主が誰であるか察しがついた。内容も開けて読まなくてもおよその見当はついた。自分はこの幸せな瞬間が長く、長く一分でも一秒でも長く続くように電報も開けずに胸に抱いたまま、目を閉じ電文の内容を自分なりに想像した。
「マチニマツタヒガツイニキタ ブジオカエリヲマツ ヨーコ」
そんな内容であろう。当たらずとも遠からずと思った。そして心が弾んだ。もう那覇に着いたような気持さえした。心うきうきしながら高鳴る胸を抑えつつ平気で電報紙を開けた。
だがそこに書かれていた文句は、
「ケサロクジ ヨーコキユウセイシンフゼンニテシス カナシミツキヌ ササオカ」
一瞬にして目が眩んだ。頭もポカーンとなり、顔が一瞬にして真っ青になったのが感じられた。呆然として何をしていいのか何事も考えられなかったし、立っていることさえできなかった。
暫くして気を取り直し、読み違いかなと思いもう一度ゆっくりと読み直した。電文は間違いなく
「ケサロクジ ヨーコキユウセイシンフゼンニテシス カナシミツキヌ ササオカ」
「今朝六時洋子急性心不全にて死す悲しみ尽きぬ佐々岡」
こう読んだ時の驚き、悲しみ、こんな残酷なことがあるのか、あって良いものかと思った。自分は泣きながら誰もいないところを探し、逃げ込んで泣けるだけ泣いた。しかし、いくら泣いても信用出来ない。そのとき考え出されたのは、もしかすると誰かへの間違い電報ではないか、あるいは誰かの嫉妬かな、と思った。そして、そうだそういうこともあり得る考えた。
自分は急いで通信室に行き、
「イマヨーコガシンダトイウデンポウヲミタ シンヨウデキナイガ ホントカ」
と、佐々岡宛に電報した。
数時間後にまた電報を受け取った。
「ヨーコ サクジツヨリネツガデタタメ ダイジヲトッテビョウインデテンテキヲウケテイタガ ソノトチユウデシンダ キミニワシラセタクナカッタガ ダイイチニシラセタ カワイソウナヤツダッタ ガ ウツクシクオダヤカニシンダ キミノコトシキリニキニシテイテ シナヌトイッテイタガツイニカエラヌヒトトナッタ キミニワスマヌトオモッテイル ササオカ」
「洋子 昨日より熱が出た為 大事を取って病院で点滴を受けていたがその途中で死んだ 君には知らせたくなかったが第一に知らせた 可哀想な奴だった が 美しく穏やかに死んだ 君のことしきりに気にしていて 死なぬと言っていたがついに帰らぬ人となった 君には済まぬと思っている 佐々岡
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