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 私はこの世界が大好きだ。その美しさがいつまでも、私たちに幸せをもたらしてくれることを祈ります。そして、その価値が途方もないことに気づき、世界全体が掛け替えのない家なのだと思い、大切にしていける心が、私たちの中で輝き始めてほしい。愛と勇気が奪われることはないと信じて。


いきたいところへ


 ミクは夜の散歩を楽しんでいた。夏休み、友達たちとお屋敷のようなホテルに滞在し、楽しく遊び、思い出をつくっていたのだが、町の明かりが届かない夜空の星を窓の外に見て、思わず出かけたくなった。友達たちも誘ったのだが、断られてしまった。だから、こうして一人で歩いている。このホテルにはラビリンスの庭があり、散歩には打って付けだ。しかしイルミネーションが施されているわけではないので、ただただ綺麗に整えられた暗い植木の道を行く人は、ミクの他にいなかった。そんな多少の肝試し感が、彼女の冒険心をくすぐる。
「んーッ!なんだかドキドキする」
 ミクの足下を照らしているのは、必需品である折り紙ロボット、現在はモモンガモードで彼女の右肩に乗っている『パール』だ。鼻先のライトが、星明かりを邪魔しないようにやや下向きに点灯している。
「映画で見たことある、夜のこういう庭。3本とも、不思議で、良くないことが起きてたっけ。きゃーっ」
頬に手を当てて、楽しそうに怖がるフリをする。
 パールは人工知能を搭載しており、おしゃべりも可能だが、ミクはあえてそのプログラムをオフにしていた。なぜなら、パールにややいたずらっ子の気があるから。
[♩~♩~♩~♩~]
ミクの右耳に、暗く響く聞き覚えのある映画のBGMが聞こえてきた。3本の中で一番怖い映画。瞬時にムスッとなる。
「やめて、パール」
[…。]
本当に怖くなるのは勘弁なのである。パールのおしゃべり機能をオンにすれば、こんなノリで、イヤミや意地悪を言われることだろう。あくまでパールは道具であり、自分はその所有者だ。機械とケンカするなんて、バカげている。
 パールが無音になると、風にそよぐ植木の葉音と虫の声が戻ってきた。
「涼しい」
昼間の暑さを思い返すと、夜風の心地よさにほっとするミク。
「やっぱり自然が多いところって良いね」

 鼻歌を歌いながら歩くとようやく、ラビリンスのゴール地点である中央エリアに到着した。
「着いた~」
 そこには、3段の受け皿と水盤のある噴水があった。その受け皿の頂上で、長い尾を優雅になびかせた鳥の彫刻が頭を高く上げ、大きく翼を広げている。
「かっこいい」
その姿を見上げながら、噴水の周りを半周した。
 きらきらと月の光を反射させる水面と噴水の水しぶき。
「よっこいしょ。はぁ…」
 噴水の縁に座り、こんなことを思う。
「ロマンチックだなぁ。こんなところでステキな人と出会って、良い感じになっちゃったら、もう最高の夏の思い出だよね~」
手で支えながら、やや後ろに体を反らすと、目を閉じて、理想の出会いを想像し始めた。
「えへへへへ~」
[……]
 にんまり笑顔の上の空で、心が魔法の絨毯に乗ってしまっていたその時、突然、ミクの背後で物音がした。
ザザッ
「!?」
 小路の砂利が踏まれた音だった。まさか、本当にステキなひと夏の出会いがここに?と期待に胸をときめかせ、振り返ると。
「…?」
ぱっと見、誰もそこにはいなかった。おかしいと思い、視線を落とすと。
「なんだ。ネコちゃんかぁ」
 1匹の黒猫が、ミクと目を合わせたまま動かずに固まっていた。驚かせてしまったのだろうか。
「ん?何これ」
 黒猫の進行方向とミクが振り返った先の中間地点に、淡く光る物が地面に落ちているのを見つけた。ぱちぱちと瞬きした間に光りは消えてしまったが。
 気になったミクが立ち上がると、猫はビクリと反応して身構えた。
「キミには何もしないよ」
 そう言って微笑んで、ミクは光っていたところに近づいた。しかし。
「あれ。どれだったっけ」
周りの小石に紛れてしまい、どれが光っていた物か、わからなくなってしまった。
 だが、こういう時に役立つのが、高性能ロボットであるこの相棒だ。
「パール、さっき光ってたのって、どれだっけ」
[―――――]
 ミクの右肩に乗ったパールが肩の前に降りてきて、ミクの足下をカメラとレーダーで探索し始めた。
[ピピッ]
探知完了音の直後、ピンスポットでターゲットを照らす。
ピカッ
 黒猫にとっては、またしても予想外の展開で、息を呑んで目を丸くしてしまった。
「それね。ありがと、パール」
 照らされた物は、他の物よりやや黒みが強いが、爪程の大きさのただの石ころのようだ。ミクはしゃがんで、その石に手を伸ばした。
 すると、その行動を見ていた黒猫が駆け出し、ミクから石を横取りしようと跳びかかってきた。だが、ミクの方が先に摘まんでしまい、猫が捕らえたのはミクの腕だった。かぎ爪が食い込む。
「ニャ」
「ぃ痛ぁぁぁぁあい!!!」
ミクは痛みで目を閉じ、ロマンチックどころではないハプニングに巻き込まれ、思い切り叫び声を上げてしまった。
「わぁぁぁぁぁぁあ!!!」

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