傷つき、傷つけて。

『好きになるのが怖い』

そう思うようになって、もうどのくらいたっただろうか。
少なくともお酒が飲めるようになった年にはそう感じていた。
好きになるのが億劫になってしまった。

================
話は中学時代までさかのぼる。
僕はとあるパ・リーグのプロ野球チームが好きになった。
理由は当時強かったことと、試合後の監督のコメントが面白かったからだ。
応援する選手、いわゆる『推し』の選手もできた。
監督が代わっても、選手が入れ替わっても僕はチームを応援していた。
時には変な負け方したり、ストレスが溜まったりしたし、理不尽なこともあったけど、日本一にもなったし、応援するってこんなに楽しいことなのかと感じた。

ところが、この日本一を境に少し風向きが変わる。

日本一になった年の冬、僕の推しはほかのチームに移籍した。
正直推しはベテランだったし、こっちのチームにいても出場機会はなかっただろうから、移籍自体は仕方ないと思っていた。
むしろ、移籍はチャンスになるから、悲しいけど受け入れるしかないんだろうな、と。
ここまでは受け入れることが出来た。ただ、今思うと、推しと一緒に応援するチームを変えていれば、こんな苦しみを味わうことはなかったのだろうな、と思うわけであるが。。。

日本一になった翌年、僕の好きなチームは日本一になった時の主力選手のメジャー挑戦や、怪我人や調子の上がらない選手が多くなったことが原因で、成績が低迷していた。
仕方ないとは思っていた、というか、そもそも日本一になった年以外はそんなに強いチームでもなかったし、弱いのは慣れっこだった。
それに耐えられなくなったチームのオーナーが監督をはじめとするチーム首脳陣に対して口出しはじめてから、少しずつ僕の心はチームから離れていく。

翌年の監督やチームスタッフの人事は信じられないものだった。
この人事、坂道Gでたとえてみれば『秋元康が乃木坂(櫻坂でも日向坂でもいいけど)の運営のトップにアンジャッシュの渡部を置く』くらい信じられないものだった。
もちろん、このたとえ話の中で、実は渡部がすごく有能な可能性はあるし、アイドルの子たちから渡部がどう見られているかなんてわからない。
ただ、本当にこうなったらどうだろう、『秋元康はオタクを馬鹿にしている!』と思われても仕方ないんじゃないだろうか、とは思う。
そして、『俺たちを馬鹿にしやがって!』と思うともう純粋に応援できないのだ。
実際、そうやって堪忍袋の緒が切れたファンは多い。
実際ネット上では反対の署名活動が展開された。プロ野球の監督就任の反対署名運動なんて後にも先にもこの時にしか聞いたことがない。
僕も80番目くらいに署名した。

ところが、僕たちの声は届かなかった。
結局、僕らは馬鹿にされたままだった。
監督の実績や人格云々よりも、その事実が本当に許せなかった。

その年は本当に地獄のような年だった。
チームは好きだけど、とにかく球団が嫌いすぎる。
そんな球団にいい思いをされたくなくて『今日も負けてくれ』と試合の日は毎日思っていた。
序盤になかなか最下位に落ちなくてイライラしたこともあった。
そんなことを続けていたある日、ふと僕は思ってしまった。

『あれ、何で僕はこのチームのことが好きだったんだろう』

『チームのことが好きだ。だけど、負けてほしい。最下位になってほしい』と思うのには無理があった。
一生懸命、無理して頑張ってきて、その結果糸がプッツンと切れてしまったら、もうどうすることも出来ない。
気が付いたら、チームから僕の心が離れてしまっていた。
そして、あんなに好きだったプロ野球からも興味が薄れていったのである。

================

当時に比べれば今は贔屓の球団も出来たこともあって、プロ野球の試合結果とかもチェックするようになった。
ただ、それでも1試合ごとに一喜一憂することは出来なくなったし、もうそこまで戻ることも出来ないんだろうなとも思う。

なぜか

あの『無理して糸がプッツンと切れる感覚』を知ってしまったら、一つのチームに肩入れして一喜一憂するのが怖いからだ。
あの一喜一憂がなくなって、僕はとても楽になった。負け試合を見てストレスに感じることがなくなった。無駄な体力を使わずに済むようになった。
ただ、それと同時に人間として大切な何かを失った気がした。

でも、それを取り戻すことが出来ない。
怖い。ひたすらに怖い。
『無理して糸がプッツンと切れる感覚』が、ストップをかけてくる。

*******

でも、これは野球に限った話じゃなく、実は結構やらかしている。
ほんと自分は馬鹿なんだと思う。
ただ野球だったり、アイドルだったり、向こうは僕を認識していないから、いつでも、いくらでもやらかしたところで、ひっそり去っていけばいいだけなのだ。僕がボロボロになるだけで。

問題なのは、リアルでこれをやってしまうこと。
リアルには相手がいる。僕がボロボロになって、それが我慢できなくなった時、相手を巻き込んでしまう。シンジくんみたいに。
というか、1回やらかした。
何があったかは割愛するが、それは今でも引きずっている感覚である。

たぶん『無理して糸がプッツンと切れる感覚』をうまく回避できれば、僕はもっと素直になれるのかな。
・・・いや、素直にはなれないか。性根ひん曲がってるし。
でも、今みたいに『好きになるのが怖い』と感じることはなくなるのかな。。。

今更なんでこんなことを書いたかといえば、最近こういう『好き』に関する記事や意見を見ることがあった。
自分と同じようなところから変わろうとする記事だった。
そして、自分にはできないなと悟りもした。

今は『無理して糸がプッツンと切れる感覚』が起きないようにしている。
150km/h投げられるけど、全部それだと壊れるから、ずっと120km/hしか投げてない状態が今なんだろうな。
どこかで150km/h投げなきゃいけない場面は来るのかな
待っていればいいのかな
それとも実はもう来ているのかな。

少なくとも今のままでいいのかな、と僕は思ったからこんなとりとめもなく書いてしまったのかな。
多分いま病んでるんだろうな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?