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ヤワゲネズミとラッサ熱 2023/04/11最終改訂

ヤワゲネズミは日本ではラッサ熱の自然宿主として知られており、2003年11月より輸入は全面禁止となっています。
2021年時点では、ヤワゲネズミの流通量が枯渇寸前となっていたため知名度がかなり低く、ネット上の検索結果は99%ラッサ熱に関連するものでした。

2022年11月時点では、飼育者の増加に伴いヤワゲネズミという動物に焦点を当てた情報も増えてきましたが、いまだに検索結果のほとんどは感染症に関連するものです。 そのため、国内で流通するヤワゲネズミが、ラッサ熱の原因となるアレナウイルス科ラッサウイルスに感染しているという誤解をされることが多々あります。

結論から言いますと、日本国内で流通しているヤワゲネズミがラッサウイルスに感染している可能性はほぼ無いと考えています。

以下の内容は、結論に至るまでの根拠とオタク語りです。
リンクは根拠となる文献、もしくは参考となるサイトのリンクです。

🐭ネズミと感染症

ヤワゲネズミに限らず、野生動物は病原体ガチャ状態です。異論は認めません。

特にネズミが媒介しやすい病気として、以下のようなものが知られています。

サルモネラ症、パラチフス、ハンタウイルス感染症、レプトスピラ症、LCMV……

これらのネズミ自身が感染している病原体以外にも、ペスト、ツツガムシ病などのネズミにくっついてきたダニが媒介する病気もあります。

ネズミ(に限らず動物)に触る前後は最低でも手洗い・消毒を必ず行うようにしてください。

日本でも一般的にみられるドブネズミ、ハツカネズミ、あるいはクマネズミたちですが、特にドブネズミは湿った環境を好むことから、下水道など、不衛生な場所を住処としていたり、移動したりします。
野生のハツカネズミは農地や家屋に生息しているため、人との接点は薄いように思われますが、都市部で生息している個体であっても天敵や人の目を避け、どうしても不衛生な場所に入り込みがちです。

そうしたなかで、体表に汚れとして汚物が付着するほか、移動しながら垂れ流す糞尿にもウイルスなどの病原体が含まれています。
ネズミ本体との接触がなくても間接的に接触する機会は十分にあります。


🐀自然宿主とは?

ヤワゲネズミは、ラッサ熱の原因となるラッサウイルスの「自然宿主」として知られています。

自然宿主とは:自然界で寄生体と共生している宿主。
言葉の通り病原体の「やどぬし」です。この場合、病原体は宿主には害を及ぼしません。

似た意味の英語に「reservoir」があります。
Wikipedia:レゼルボア

🐀つまるところ、環境中に病原体が存在し、そこからネズミに病原体がくっついたり、感染したりするわけですね。
ネズミは感染し病原体を保有し、運搬するが、何もないところから病原体を生むわけではない。
つまり、ラッサウイルスが存在しない場所では、ヤワゲネズミはラッサウイルスに感染していない、ということです。

話は少し横道にそれますが、

🐁無菌マウス

というものをご存知でしょうか。

現在知られている検出方法で検出できないことが確認された,寄生虫,原虫,真菌,細菌,ウイルスなどすべての微生物を保有しないマウスである.

実験医学増刊 Vol.35 No.7 特集「生体バリア 粘膜や皮膚を舞台とした健康と疾患のダイナミクス」

無菌マウスは、帝王切開によって無菌的に取り出した胎子を、内部を無菌的に保つことのできる飼育装置内で人工哺育する(あるいはすでに無菌的に飼育されている里親に哺育させる)ことにより得られます。
得られます……が、その維持は容易なことではありません。

以下は長い前置きになってしまうのですが、何が言いたいかというと……

一般家庭の飼育環境の清潔さ程度では、どう頑張っても動物を清潔には保てないということです。

たとえ数世代にわたり累代飼育されているCB動物であっても、何らかの病原体を保有していることを前提に接するべきです。

それでは、無菌マウスとは違うのですが、SPFマウスのお話をします。
SPFマウスは無菌動物ではありませんマウス固有の病原体は保持していませんが、一般細菌は保持しています。
(無菌のマウスは上記の通り、特殊な装置の中でしか飼育することはできません。)

SPFマウスは一般の環境下で飼育されていますが、維持するための封鎖環境が必要です。
基本的には、こういった研究施設では動線にも制限があり、当日中に不潔エリアに入ったか、もしくは不潔エリアの実験動物を取り扱った場合、管理者の許可なくしては無菌エリアへの入室はできなくなります。
(ここでいう不潔とは、無菌ではないという意味です)
また、自宅でげっ歯類を飼育している人も入室は禁止されます。

BSのレベルやSPFの作出方法の違いから、施設ごとに大きく異なりますが、入室時の手順について下記を引用します。

①施設入口にて白衣を脱ぎ所定の場所にかける。
②長靴に履き替える。
③マスク・グローブを着ける。
④手指消毒機で手指をアルコール消毒する。
⑤退室表に必要事項を記入する。
⑥カードをかざして施設へ入室する。
⑦飼育室前室へ入室。
⑧入室用専用白衣を着る。
⑨前室にて再度アルコールで手指消毒する。

*飼育室前室の殺菌灯は原則として常時点灯させておく。ただし飼育作業もしくは実験などで入室の際は消しても良いが作業後退室時は必ず点灯させておく事。

神奈川歯科大学 SPFマウス室使用マニュアル

これらの手順を遵守してもなお病原体は容易に感染、蔓延し得るため、定期的な微生物モニタリングも欠かせません。
定期的な微生物モニタリングを行っていても、いつの間にか不顕性感染を起こしていて、実験を中止せざるを得ないという事態もしばしば起こってしまいます。

🐀飼育動物と感染症

たとえ累代飼育されている生体であっても、通常通りオス個体と交尾させ、経膣分娩で繁殖されている以上、病原体を保有している可能性は十分以上にあります。

それどころか、野生下では接することのなかった別種の生体と同じ空間で飼育され、人と頻繁に接することにより、本来その動物が感染する機会のなかった病原体に感染するリスクがあります。

さまざまな種の動物がペットとして輸入される機会が増えたことなどにより、従来であれば稀であったり知られていなかった病原体が、突如として身近に現れ、問題となることが増えてきています。
人間や、ある種の動物には無害な病原体であっても、別種の動物によっては致命的な感染症であるといった例は多数存在します。

一般家庭の飼育環境の清潔さ程度では、どう頑張っても動物を病原体フリーな完全に清潔な状態には保てません。
ラッサ熱といった有名な感染症にのみ警戒するのではなく、
たとえ数世代にわたり累代飼育されているCB個体であっても、何らかの病原体を保有していることを前提に接するべきです。


🐭ラッサ熱について

ラッサ熱、アルゼンチン出血熱などの出血熱を引き起こすアレナウイルスは、人に感染した際の重篤度や危険性から、国際的にも病原体取扱いレベルでは最高度のBSL(バイオセーフティレベル)4病原体に分類され、
国内でも感染症法の分類で、最も危険性が高いとされる1類感染症に指定されています。

(1)感染源

ヤワゲネズミの排泄物から経口感染し、乾季の野焼きで野ネズミが拡散するため流行が起きると言われています。
感染したヒトからヒトへの直接接触による感染もあります。
今のところ、ヒトからヒトへの空気感染はないと言われていますが、感染者の体液への接触による感染は確認されているため、標準予防策の励行が重要となります。

(2)症状

潜伏期間は3~21日間とされます。
症状は発熱、倦怠感、頭痛、下痢、嘔吐、腹痛などがあり、重症化するとショック・意識障害・全身からの出血が生じます。
この出血傾向はウイルス感染による臓器の機能不全や、播種性血管内凝固症候群(DIC)によって引き起こされます。

(3)予防

2022年現在、ラッサ熱のワクチンはありません。

アレナウイルスの感染を阻害する化合物の論文があったので今後何らかの進展はあるかもしれません。

2014年のエボラウイルスのアウトブレイク(集団発生)を受け、日本においてもBSL4施設の稼働が認可されるなど、新興感染症の治療薬やワクチンの研究への関心が高まっています。
ワクチンの研究は進められていますが、2022年現在、実用化には至っていません。

ラッサ熱の流行地域においては、家屋の中こそがホットゾーンであることが知られています。
ラッサウイルスに感染しないようにするには、食料の保管方法やゴミの廃棄場所に気を付けて、ネズミを家に寄せ付けないようにすることが重要です。また、ネズミの糞尿による汚染の可能性がある所を触らないように注意します。
参考 厚生労働省検疫所ホームページ:ラッサ熱


🐀ラッサウイルスについて

ラッサウイルスはアレナウイルス科に属します。
アレナウイルス科は、アフリカ大陸を起源とする旧世界アレナウイルスと、南アメリカ大陸を起源とする新世界アレナウイルスに分類され、約35種類のウイルスが同定されています(2018年時点)。

ラッサウイルスは、旧世界アレナウイルスの1種ですが、ヤワゲネズミが宿主となるアレナウイルスは実は3種類同定されています。

Borrow P, Martinez-Sobrido L, and de la Torre JC. Inhibition of the Type I interferon antiviral response during arenavirus infection. Viruses 2: 2443-2480, 2010.より一部引用

ラッサ熱は、ベナン、ガーナ、ギニア、リベリア、マリ、シエラレオネ、ナイジェリア等の西アフリカ諸国で風土病として知られています。

日本では1987年のシエラレオネからの輸入例を除き患者発生例はありません。

🐀ラッサ熱の診断

ラッサウイルスに感染した人の約80%は発症しませんが、感染者のうち約20%が重症化します。
ラッサ熱の初期から数日間に現れる症状は、発熱、脱力感、全身倦怠感、頭痛、咽頭痛、筋肉痛、胸痛、嘔気、嘔吐、下痢、咳、腹痛など非常に多彩かつ特徴がないため、初期段階では症状のみで診断することが難しいことで知られています。
また、重症化しなければ血液検査の結果でも、嘔吐・下痢による脱水でBUN値が上昇していることを除けば、生化学検査で酵素(AST、 ALT、CPKなど)などの値に特徴的な所見はありません。

1987年の日本国内への輸入症例の際には、国内で診断が事実上不可能であったため、アメリカへ検体を送り確定診断を行いました。
現在はBSL4(高度安全実験施設)でない実験室でも検査、診断可能な体制が整えられていますが、国内ではBSL4施設でのみ診断可能な現状に変わりはないようです。

前述の理由から、日本国内で生活していてラッサウイルスに感染する機会はまずないのですが、
流行地の西アフリカ諸国への渡航歴(あるいは渡航歴のある人物との接触歴)などから、医師が感染を疑った場合、国立感染症研究所または感染症疫学センターへ相談します。
国内のBSL4施設は国立感染症研究所(2015年認可)と長崎大学(2022年認可)にありますので、ラッサ熱にかかっても、国内で診断は可能というわけです。
一旦は安心できそうですね。





以下は今後つかうかもしれない文献のメモ。

1987 Mar;155(3):437-44. doi: 10.1093/infdis/155.3.437.
A prospective study of the epidemiology and ecology of Lassa fever
J B McCormick, P A Webb, J W Krebs, K M Johnson, E S Smith

Rev Med Virol
. 2001 Sep-Oct;11(5):331-41. doi: 10.1002/rmv.329.
Towards a human Lassa fever vaccine
S P Fisher-Hoch 1, J B McCormick

Clin Vaccine Immunol
. 2007 Sep;14(9):1182-9. doi: 10.1128/CVI.00101-07. Epub 2007 Jul 18.
Development of recombinant nucleoprotein-based diagnostic systems for Lassa fever
Masayuki Saijo 1, Marie-Claude Georges-Courbot, Philippe Marianneau, Victor Romanowski, Shuetsu Fukushi, Tetsuya Mizutani, Alain-Jean Georges, Takeshi Kurata, Ichiro Kurane, Shigeru Morikawa

https://journals.asm.org/doi/pdf/10.1128/CVI.00101-07


(余談)


Wikipediaのコウモリ由来のウイルスのページに、ラッサウイルスにもコウモリ由来のウイルスが存在すると記載がありますが、根拠となる文献が見当たりません。 リッサウイルスと間違えてませんか

詳しい調査結果疫学調査もありますが、ラッサウイルスも他のアレナウイルス科も記載がなさそう…やっぱりリッサウイルスと間違えてませんか
少なくとも、旧世界アレナウイルス科の宿主動物はヤワゲネズミのなかまたちのはずなんですが…詳しいところをご存じの方がいらっしゃったら、コメント頂けると幸いです。

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