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"できている"の判断基準てなんだろね?のハナシ

こんにちは。就労継続支援ビルドの秋田です。
ビルドでは日々、イラストやグラフィックデザインの業務をメインに、利用者さんが練習し実際のお仕事に関わっています。
個人的に絵を描いていたという場合を除くと、ほとんどの方がクリエイティブ系の業務未経験、ツールも使うのが初めて、なんならパソコン自体あんまり使わないです、という状態です。

そのような状態で、クオリティの部分を自身で客観的に判断をできるようになるということが難しいことなんですよね。クオリティ…感覚の部分を数値化したり可視化したりすること、考えたことありますか?

昔から障害者雇用が活発だったクリーニング業などでは、なにがどうなったら終わるのか、スピードや丁寧さなどが機械でわかるようになっているものが多いようです。
そのような客観評価があることで安心できることが多いので、就労支援関係の研修のときにも、どの部分に着目して「できた」を明確にするのか?を尋ねられることがあります。

制作スピード…自身のスピード感を把握して適切なスケジュール設定ができる。というような部分は数値化できる部分です。

でもクオリティは?
シーツの洗濯ならシミなく洗えているとか、シワなく畳めているという部分が評価基準になると思いますが......。
デザインやイラストに明確な正解は存在しないので、すごく難しいことです。※デッサンが~とか、デザインのセオリーが~といった基礎部分を除く。
だからこそ、自分で「できた」と思うために何が必要なのか?を考える必要があります。

長くイラストを描いてきていると、思った通りに描けていない自分が気になって、描いた作品のあっちもこっちも気になって行きづまってしまうことがあります。
0/100思考の完璧主義すぎて、はた目には十分なクオリティなのに満足できなかったりすることも起き得ますね。
どの部分に着目するか?という思考のクセの問題も関わってきます。
これは、自己肯定感の部分が大きく影響します。
利用者さんたちからも「調子が良い状態ならできている部分に着目することができる」という声が聞かれます。調子を崩していると、どうしてもできていない自分に囚われやすくなるのですよね。
そういった意味でも、明確なルールや基準があったほうがわかりやすくていいのですけれどね。
でもほら、ゴッホだって存命中に絵が売れなかったわけだし……。フェルメールなんて、一時は他の有名画家の絵として売られていた時期があるらしいですし……良し悪しなんて変動するもので、価値判断は人それぞれなんですよね……ほんとムズカシイです。

これまでデザインに関わったことが無ければ、はたして何を基準に見ればいいのか?すらわからないということすら起きます。
それは、「目が育っていない」からです。

目が育っていない、を体験する例としてスポーツをイメージしてみてください。

たとえば野球。
ピッチャーがどんな球種を投げたのか。
今の球はストライクなのかボールなのか。
経験が無い状態・ふだん試合を見ない状態で判断できるでしょうか?
少年野球で、いきなりスコアつけてねって言われる保護者、どうやって覚えているんでしょうか。

たとえばフィギュアスケート。
ジャンプの種類、スピンやステップの難易度などなど、どのポイントで見て判断しているのか、興味や経験が無ければわからないと思います。

このように、基準が明確に決まっていても見た目でわかりづらいものは慣れるまで自分で判断することが難しいです。
自分で判断できるようになるまでの間は、周囲の人が教えてくれる「これが正解」を信じて、慣れていくしかないのかもしれません。

この人が言っているのならそうなのだろう。
と思ってもらえるかどうか?
支援者としては信頼関係ラポールをいかに築くか?というところが課題です。

いかに周囲の評価を柔軟に素直に受け入れることができるかどうか?に着目して取り組んでいくのもいいかもしれませんね!

ピンクの背景に水玉やハート、フリルやレースを多用した衣類が干されているイラスト
せんたくもの

今日のヘッダーイラストは、利用者のサトさん(仮名)に描いていただいた洗濯物のイラストです。
じめっとした天候が続きますが、夏バテしないように気を付けていきたいですね!


いただいたサポートは利用者さんの工賃に!素敵なヘッダーイラストを描いてくださった皆さんに還元しますね。