見出し画像

固定器憑きの盗賊たち

 どでかい弓みたいにしなりながら、“時間通りダイヤグラム”ガーニーは大口を広げた。

 ああ、そろそろ奴の「やっちまえ」という声が聴こえるはずだと、ラシネは考えた。
 ラシネはシェイカーをカウンターに置こうとし、
 そのまま老いた腰を折ってカウンター下の通報装置に手を伸ばそうとし、
 「警備を呼んだぞ!」と宣言しようとし、
 近い将来の痛みと死を覚悟しようとし、
 いいからまずこのシェイカーを置け、と考え、

 そこでようやく何か変だと気が付いた。

 いや、その場の全員、逃げ出そうと腰を浮かし始めている客たちも、ガーニーのごろつきどもも、大男ガーニーも、蹴飛ばされたテーブルも、宙に舞ったフライドポテトも、みんなきっと気付いていた。
 だが彼らは何も変わらない。
 ただ皆、やろうとしていることをひたすらやろうとし続け――そして誰一人、一つも完了できていないだけだ。
 あのフライドポテトさえ。
 ラシネがこれだけ考える間中、その最安商品は、ずっと空中を落ちてこなかった。

 〈固定器憑き〉だ。

 ガーニーの顔がさあっと青ざめようとするのが、脳裏に聴こえた。続けて「下か」という声。
 フリーザーの下、隠し金庫に意識を向けたのが失敗だった。
 そいつに聴こえてしまったのだ。
 金庫の中身。ガーニーの探し物。おれの、老い先すべてを賭けて盗んで……。

 シェイカーが不意にラシネから奪われ、音なくカウンターに置かれた。萎えた手がそっと離れる。ラシネはその朽木のような腕のつながる先を見た。 流れる砂の顔だ。ラシネがちびの新聞売りの頃から、変わらない。
 ラシネは行動予定を全棄却し、あれを持って逃走「しようとした」。だが、砂漠の顔がフードを持ち上げ笑った。それが実行される時を決めるのはラシネではない。

 盗賊シャンゾーゾ。

 彼の〈固定器憑き〉の心臓に電力が供給される限り、予定と時間は彼のものだった。
 七千年前から、ずっと。

【続く】

 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?