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道をひらく 松下幸之助

 コロナにより自宅待機が命じられて2週間が過ぎた。
これまでの日々を振り返ると、「何かやらなければ、何か学ばなければ。」という日々だったように思う。そこで、今回は少し内省の時間もあっていいのではないかと思い、この本を読んでみた。
 この本は九州の20新卒の友人から紹介してもらった本で、50年以上前に刊行された本のようだが、そんなに昔からあるような本だとは思えないくらいに読みやすく、私の心にも素直に入ってくる言葉たちだった。
 NSCにおいても、歴史や文化、伝統に学ぶべきだと書いてあるが、昔の言葉は難しいし、そもそも私は歴史が苦手で、なかなか昔の本には手が付けられなかったのだが、そんな私にぴったりの本だった。
 これから先、人生なにが起こるかわからないが、壁を越えられないとき、路頭に迷ったとき、読み返してみるとヒントが得られるような本だと思う。

 121篇からなる短文集だが、この中から今の私たちに通ずると思うものを2篇紹介する。

①花のように
 砂漠に見いだす清らかな泉は、旅行く人の喜びであり憩いであり、そして励ましである。荒涼たる山野に、毅然として咲き誇る一輪の花は、また旅人へのこよなき慰めとなり励ましとなる。
 今の世の中が、荒野の如く荒れ果て枯れ果てているとは敢えて言わないが、それでもこのむつかしい時代に、人びとの心は次第に落着きを失って、索莫(さくばく)たる気配が感ぜられぬこともない。
 おたがいに手をつなぎ、助け助けられながら生きねばならぬこの世の中である。人の心が砂漠の如く荒れ果ててはたまらない。せめてわれわれだけでも清らかな泉のように、毅然たる一輪の花のように、強く正しく働いてゆこうではないか。
 むつかしいことかもしれないが、自分の仕事に誇りを持ち、自分の働きに意義を感じるならば、わが身の処し方もおのずからに見いだされてくるであろう。
 どんな世の中になっても、あわてず、うろたえず、淡々として社会への奉仕を心がけてゆこう。その姿自体が、人びとにとってすでに大きな励ましとなり、憩いとなるのである。
 花のように。泉のように。そこにわれわれの喜びもある。(本書48.49p)

 まさしく今の私たちのことではないかと思った。これが50年前に書かれていたと思うと、時代は同じことが繰り返されており、歴史から学ぶ重要性というのを感じる。コロナで世界中があわただしく動いている中、リーマンショックやペスト、スペインかぜの頃の人々の動き、社会の動きから学べることが多いというが、まさしくその通りだと思う。あの頃と同じことをしろというわけではないが、私たちの行動の指針として一つのヒントになるのではないかと思う。
 そして、こういうときだからこそ、社会への奉仕を心がけ、強く正しくいることが人として大切であるということを改めて感じた一篇であった。

②時を待つ心
 何ごとをなすにも時というものがある。(中略)
 わるい時がすぎれば、よい時は必ず来る。おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るを待つ。あせらずあわてず、静かに時の来るを待つ。時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。だが何もせずに待つことは僥倖(ぎょうこう)を待つに等しい。静かに春を待つ桜は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しないであろう。(中略)着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
 待てといわれればなおあせるのが人情である。だが、自然の理はわがままな人情には流されない。冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。おたがいに時を待つ心を養いたい。(本書108.109p)

 社会人としてさあ頑張ろうとしていたときに自宅待機となり、早く仕事がしたい気持ちや早く外に出て人に会いたい気持ちなど、思いは人それぞれあると思う。東京の感染者数は落ち着く様子もなく、いつコロナがおさまるのか、暗い気持ちになるのも当然だと思う。しかし、コロナがおさまる目途は立たないけれど、いつかは必ず外に出られる日が来る。大切な人と会える日もくるし、仕事が始まり同期とお酒を飲める日だって来る。その日が来たときに少しでも成長した自分を見せられるように、自分の力を発揮できるように、今は思う存分力を蓄えておこうと思わされる一篇であった。

 最後にもう一篇だけ紹介する。

日々是新(ひびこれあらた)
年があらたまれば心もあらたまる。心があらたまればおめでたい。正月だけがめでたいのではない。心があらたまったとき、それはいつでもおめでたい。
 きのうもきょうも、自然の動きには何ら変わりはない。照る陽、吹く風、みな同じ。それでも心があらたまれば、見るもの聞くものが、みな新しい。
 年の始めは元日で、一日の始めは朝起きたとき。年の始めがおめでたければ、朝起きたときも同じこと。毎朝、心があらたまれば、毎日がお正月。あらたまった心には、すべてのものが新しく、すべてのものがおめでたい。
 きのうはきのう。きょうはきょう。きのうの苦労をきょうまで持ち越すことはない。「一日の苦労は一日にて足れり」というように、きょうはまたきょうの運命がひらける。きのうの分まで背負ってはいられない。毎日が新しく、毎日が門出である。
 日々是新なれば、すなわち日々是好日(ひびこれこうじつ)。素直で謙虚で、しかも創意に富む人は、毎日が明るく、毎日が元気。
 さあ、みんな元気で、新しい日々を迎えよう。(本書34.35p)

 

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