電報を書いた話(サラリーマンの備忘録)
先日、高校時代の友人が結婚式を挙げた。
コロナ禍で人を集めるのが難しい状況で、賛否両論ある局面だったと思う。正解などない中、それでも挙式を行う判断を下した友人は立派だと思う。
挙式に招待いただいた小生は出席が叶わなかった。ちょうど、接待ゴルフの日時と重なってしまったためだ。もちろん自分自身の日程の確認不足が根本原因であるのだが、コロナ禍において友人の結婚式に参列するのは後ろめたい気持ちがある一方で、接待ゴルフは社会、会社から許容されている感があるのはどうなのだろうか。
ところで、その際に初めて電報というものを書いた。文学部出身の小生としては、気の効いた文面で違いを見せたい場面である。挙式までの4〜5日間、中学から高校時代の思い出、様々振り返ったが実に面白味のない文面に仕上がった。
短文で端的に伝えたいことを伝えるのは困難だということを思い知った。逆に言うと、自分は人に想いを伝える技術、能力は不足しているので、日々家族や大切な人に自分の考えや気持ちを伝えておく必要があると感じた。特に大切な人々に会えない現状では。
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