ピアノ曲作品解説

1・「シンフォニア・タプカーラ」ピアノ独奏版(作曲・伊福部昭/編作・田中修一)

編作者からの言葉
SINFONIA TAPKAARA per Pianoforte - Solo
ピアノ独奏による「シンフォニア・タプカーラ」
I° Lento Molto - Allegro
II° Adagio
III° Vivace

「シンフォニア・タプカーラ」は我が恩師の伊福部昭先生が、“日本人としての、ありうべきシンフォニーとして書いた”交響曲です。タイトルの「タプカーラ」とは、アイヌ語で「立って踊る」との意で、格の高い舞踊の呼称とされております。原曲は1954年に作曲され翌年に、フェビアン・セヴィツキーの指揮により、インディアナポリス交響楽団によって初演されました。さて、此の度の編作のお話を頂いた際には光栄に思うと同時に些かの不安を感じました。しかし、ヨーロッパの国々では自国の交響曲のピアノ版が巷間よく弾かれており、翻って我が国には適当なものが少ないとおもわれたので、日本人が作曲した最高の交響曲の編作を決意しました。また、第二楽章は小品としても広く愛奏されることを希ってやみません。
田中修一

江原千咲子『シンフォニア・タプカーラ』を語る

『ピアノと管絃楽のための協奏風交響曲』の中に『リトミカ・オスティナータ』、『シンフォニア・タプカーラ』のモチーフが入ってて…という感じだと思いますが、でもやっぱり自分の中では「協奏風は協奏風」でしかありえない。『タプカーラ』を弾いている時に、これは協奏風のモチーフだね、っていう風に考えたことは実は一度もないです。

私はずっとピアノはオーケストラを演奏できる!と思っています。
作曲家はピアノで作曲されますよね。
ピアノはただソロを弾くだけじゃなく、伴奏もできるし、オーケストラも弾けるし、オーケストラの中にも入れるし、コンチェルトも出来る。ものすごく万能な楽器だと思うんですよ。一方でそこが伝わりにくいところもあると感じます。やっぱりオーケストラのものを編曲いただいて、ピアノで弾けるっていうのはすごく嬉しいですね。しかも憧れの『シンフォニア・タプカーラ』!嬉しさしかないです。

2.『ピアノ組曲』(1934)(註1)(作曲:伊福部昭)

・伊福部昭はこれ以前にもギター曲、歌曲(『平安朝の秋に寄する三つの詩』)などの創作作品がありますが本人の作品リストとしてその最初にあがるのはこの曲です。
・伊福部は幼い頃から慣れ親しんだ盆踊など音更、札幌、青森で体験した音楽に依拠し、そこにアイヌ民族音楽からの影響ともいうべき執拗な繰り返しという後の伊福部作品の要素がすでにつまっています。
・「盆踊」「七夕」「演伶」「倭武多」の四曲からなる作品です。
・スペイン在住のピアニスト―ジョージ・コープランドの演奏をSPレコードで聴いて感銘を受けた伊福部、友人の三浦淳史は早速ファンレターを出します。コープランドからは自分の演奏をわかってくれるというのなら作曲もできるのだろう、と返事が。三浦にはっぱをかけられる形で生まれたのがこの作品といいます。
・コープランドへのファンレターにどの程度参加していたのか不明ですが、早坂文雄はおそらく三浦に同じように曲を書き送ることを勧められ、出来たのが『君子の庵』です。伊福部、早坂とも札幌時代の話です。

註1 文献によって作曲年が違うが全音楽譜出版の「ピアノ組曲」解説に拠った

江原千咲子『ピアノ組曲』を語る

一番最初に「盆踊」を弾いた時、すごく楽しい!と思いました。日本人の親しみやすさっていうのがすっと入ってきて。不思議ですよね。でも、今までずっと西洋のクラシック音楽だけを勉強してきた中で、日本の音楽にポンって入った時に、全然抵抗なく入れました。
むしろなんかちょっとなじみやすかったですね。

ピアノでこういう曲を弾けるっていうのが面白かった。縦割りの太鼓の音というものをピアノで表現できるんだって。面白いです。

―もちろん聞いてる方もこれは太鼓のあれだって感じるんですけども、特に演奏されて分かりますか?

ここはもう太鼓の音だって明らかに分かります。ただ、太鼓だって分かっていても初めはピアノで表現する事はすごく難しかったので。師匠から「百均でいいから小さいおもちゃの太鼓買って、それ叩いて練習しなさい」って(笑)

ティンパニーの響きと和太鼓って全然違うじゃないですか?ティンパニーのようにならないように、和太鼓の響きにするというような。
もう一つは笛の音。この笛はやっぱり面白いですね。

個人的にやっぱ盆踊りはお盆の行事、というイメージがありまして…火柱の感じですかね?最後のクライマックスは火柱を囲って踊っているようなイメージが自分の中ですごくあって。みんなでお経を奏でてるような…最後だけ音楽の印象が変わりますよね。ずっと太鼓でドンドンドンっ!と来てたのが途中からはい、このテンポ!という感じで全然違う世界。お祭りって夜店が出て楽しいイメージがありますが、お盆の行事ですよね。自分たちが想像する楽しい盆踊りも良いのですが、どちらかというと死者を迎えて死者を送り返す。あの世に関与するっていうような曲の流れなんじゃないかなっていうのは思いましたね。

―最後の部分、特にまあオーケストラ版なんかははっきりわかるけど違いますもんね。

昔勉強し始めた時、資料をいっぱい取り寄せてたんですよ。そこに色々書いてあって、自分なりに盆踊りって亡くなった人を送り返す踊りなのかな?と。そうしたイメージが出来ていました。

―「七夕」について

調べたら北海道の古い民謡の「ろうそく出せよ」のメロディから来ています。イメージがすごくある曲で最初はやっぱり七夕っていうと織姫と彦星かな?と。しかし七夕の意味合いはその土地で違うので、伊福部さんがいた北海道での七夕はどういう行事だろう?というところから探してって。

そういう織姫彦星の七夕の情景じゃなくて、神秘的なイメージで弾こうと思っております。絶対に盆踊りの次は七夕じゃないと、と今は思います。

―「演伶(ながし)」について

これはやっぱり伊福部さんの一番色気のある曲ですから、(演奏会で)もうこれをカットするなんてとんでもない(笑)。ドビュッシーが18 歳の時に書いた『ピアノ三重奏曲』の第四楽章に通じる「作曲家の色気」がこの曲にはあります。

「演伶」の最後のフレーズで「佞武多」に繋がる暗闇を作ってると気づいた時に、四曲全て夜の曲だと改めて気がつきました。昼間の曲が 1 曲もない、全部夜の音楽なんだなと。

―「佞武多(ねぶた)」について

冒頭は戦いへ送り出すマーチ、途中に、たたたた・たたたたたってロウソクとか金品をもらうためにすごく笛が出てきて。で、最後一番盛り上がるところで、戦いから帰ってくる。しっかりイメージが捉えやすかった曲でした。ただ一番最後にこれをやらせるかっていうくらい体力的に大変です(笑)。最後が「七夕」だったらどれだけ楽だろう(笑)

3.『君子の庵』(1934)(作曲:早坂文雄)

・先に書いたように伊福部「ピアノ組曲」と同じ経緯で作曲された作品です。
・I. 水鏡 II. 日永鳥 III. 庭眺 の三曲から成ります。
・しかし作曲後、早坂の手元にスコアは残らず、彼の生前には一度も演奏されない幻の作品となっていました。
・しかし1990年代、早坂が敬愛した作曲家・清瀬保二の遺品からこの作品のスコアが発見されました。2000年に伊福部昭の故郷・釧路で初演されます。この時、伊福部の『ピアノ組曲』も演奏されましたが「演伶」がカットされていました。
・情報不足で実は過去にもあったと知ったらお詫びして訂正しますが、札幌で伊福部「ピアノ組曲」と早坂「君子の庵」が並んで演奏されるのははじめてかもしれません(過去にもあったよ、という方、ぜひ連絡ください)。二大作曲家のそれぞれのスタート作品が、それらが書かれた札幌で聴くことは大きな喜びです。

江原千咲子『君子の庵』を語る

やっぱり無調ですし、(楽譜に)小節線もない。早坂さんは処女作から達観されておられたのか…と思います。演奏は本当に難しいですね。弾きやすさとかも一切なくて。ただ、大きな本当に扇子をこうやって仰いでるような、貴族になった気持ちになれる曲ですよね。

特にⅢの「庭眺」は、ものすごくゆっくりと弾きたくなります。テンポ指示は「水鏡」がテンポ60であるんですが、「庭眺」はテンポ指示はないですね。レントだけしか書いていないです。

伊福部さんの『ピアノ組曲』は伴奏とメロディーがはっきりされていて、分かりやすい。しかし『君子の庵』はそこがはっきりしていないんですよね。だからこそお二人の処女作を一緒に演奏させて頂けることは、本当に面白いです。

4.『エヴォカシオンⅡ』(1934年)(作曲:早坂文雄)

・この作品についてはYouTubeにて江原千咲子が演奏と解説をしていますのでまずご覧になってください。

江原千咲子『エヴォカシオンⅡ』を語る

教会的な要素と日本的な要素が融合した作品になっています。『ピアノ協奏曲第一番』とはもちろん『君子の庵』とも全然違う。なんかもういろんなものが、こう点在していますよね。

教会に入ってるから教会音楽の方に染まっていくのではなくて、日本的な要素も必ず入れる。戦前の早坂さんの手記を数点読むと、日本音楽という言葉を必ずおっしゃっています。もう常に日本の音楽を、日本の音楽を、と必ずどんなお題でも挟むんですよね。

『エヴォカシオンⅡ』を演奏していると、教会に入ってグレゴリオ聖歌を勉強したとしても、日本音楽との融合を目指す貪欲さや信念が伝わってきます。

教会を感じさせるメロディは『ピアノ協奏曲』にも出てきました。同時にこの信念、価値観が崩されたときの音楽が『ピアノ協奏曲』でもあるわけで。だからこそ『エヴォカシオンⅡ』は早坂作品を学ぶ上で、重要な音楽であると感じております。