バレンタイン後日談

この話は、バレンタインデーにUPした内容の後日談になります。

 金栄華が空港内のカフェから脱兎のごとく逃亡した後、グランドは日本での拠点となっているマンションに帰宅した。
 着替えを済ませると、プレゼントが入った紙袋を持ってリビングに移動した。
 ソファに座ってテーブルに紙袋を置くと、そのまま睨み付ける形で腕を組む。
 その時、玄関の鍵が開く音がした。
 音の方向に首を向けると、もう一人の住人ーフォートレスがリビングに入って来る。
 本来の護衛対象とは彼の事なのだ。
 それが現在、グランドは偉范梨の秘書としてシンガポールを拠点に、世界各地を転々とする羽目になっている。
 フォートレス自身は、偉范梨が理事長を努めている学園で講師をしていた。
 彼が側に来ると立ち上がる。
 「お帰りなさい。貴方もお疲れ様です」
 「君もね。私も座るから掛けてくれ」
  フォートレスが上着を脱ぎながらソファに座るとグランドも座り直す。
 「ここ暫くは、シンガポールで仕事じゃなかったのか?」
 「ええ、その筈だったのですが、急に人と会う予定ができまして、日本に戻って来ました」
 そうかと頷く。
 「それで、目的は果たせたのかい?」
 最もな質問である。
 この質問に対し、思わず眉が寄る。
 「この様子だと、何かあったな」
 「今の私はそんなに分かりやすいですか?」
 俯いたままのグランドに対し、視線を机に向けるフォートレス。例のプレゼントが乗ったままである。
 「ああ、分かりやすい。仕事や任務以外で君が悩む事があるのは当たり前であって、別に悪い事ではない」
 静かな返事にゆるゆると顔が上げる。
 「悩みといえば、あるのですが……」
 ぽつり、と、こぼれた言葉に気まずさが滲む。
 二人の視線はプレゼントに向けられていた。
 「それは、この上に乗っている袋の事か?」
 「ええ、そうです」
 実は、と前置きして話し初めたのは予想通り、プレゼントの事だった。
 金栄華からプレゼントを渡されたと思ったら、即座に逃げられたという。
 フォートレスも彼女とは面識がある。この星に来て少し経った頃、アポイントを取って話した事がある。その後は、学園の中でしか会ってない。
 この時は、成熟した大人の女性だと思ったのだが、今の話を聞いたら少し違うようだ。
 どうやら、一個人としての好意を抱いている?
 だが、グランド自身は意識していないのは見れば分かる。これに関しては、自分で結論を出すしかない。
 気が付くと、彼が私の顔をみている。
 「一体、何を考えているのです?」
 私は笑って答えを返す。
 「君の悩みを受けとめようと思ってね」
 「そうですか」
 訝しげなグランドに対し、言葉を続ける。
 「多分、彼女は君に好意を抱いていると思う。だからこそ、きちんと考えて答えるのが誠意だろう」
 金栄華は自分たち二人の事情を知っている。期間限定で滞在中なのも。
 自覚していなかった好意を指摘され、愕然とする。
 「栄華が私に好意を抱いている?まさか、あり得ない」
 咄嗟に否定するグランド。
 「私が指摘したから動揺したのは分かるが、取りあえず落ち着け」
 「貴方が言いますか?」
 睨み付けられても平然としているフォートレス。 
 「私からすると、所詮他人事だ。だが、部下の悩み事に対処するのも上司としての努めでもある」
 「それは正直、有難いですが……」
 グランドの本来の上司はフォートレスなのだ。
 偉范梨は、あくまでも期間限定の雇用主。二人共、十分承知している。 
 「せめて貰った品物の感想は伝えるといい。彼女もそれ位は望んでいるはずだ」
 「言われなくても、分かってますよ。礼儀ですから」
 「そうだな。ところで、袋の中身は何かな?」
 結論が定まると、ようやく袋の中身に興味が移るフォートレス。
 「中に入っているのは、チョコレートとネクタイだそうです」
 「チョコレートとネクタイか。なるほど、確かにプレゼントとして成立している。この際だから、開けてみたらどうだ」
 オレンジ色のロゴが縁取られた緑色の紙袋から中身を取り出す。
 「小さい方がチョコレートで、四角い箱に入っているのが、ネクタイだそうです」
 「開けてご覧」
 その言葉に促され、チョコレートから開封。次はネクタイ。
 チョコレートは艶やかでカラフル。ネクタイは、青を基調としたビビッドな柄。
 「チョコレートはともかく、ネクタイは結構賑やかな柄ですね」
 「そうだな」
 完全に見た目で購入したと思われるネクタイを前に、感想を述べる二人。
 「せっかくだから、ネクタイを持った写真だけでも撮ってみようか?」
 フォートレスの提案にうなづくグランド。
 カバンの中からスマホを取り出すと、カメラで撮影した。
 撮った写真を確認してから送信。完了すると立ち上がり、動き出す。
 「さて、私は着替えるよ。君はこれからどうするのか?」
 「取りあえず、ネクタイをしまってから、体を動かしに行きます」
 二人はそれぞれの自室へ向かった。
 グランドは部屋に戻ると、再び着替えて外に出る。
 マンションの一階にトレーニングジムが入居しているので、ジムの契約者は好きな時間に体を動かせるのだ。
 
 翌日、二人はそれぞれ別に行動する。
 フォートレスはいつも通り学園へ。
 グランドは都内のオフィスへ出勤した。
 ここでもチョコの話題がでたが、社交辞令だと受け流す。
 一部の女性スタッフは残念そうな表情を浮かべたが、きっぱりと断られので渋々と仕事に専念した。
 現在取り扱っている投資案件を一通りチェック。危ない橋を渡っていそうな件は今の所は無さそうだ。
 もしもあったら、担当者に注意。それでも聞かなかったら、ルールに則って処分される。当たり前だが。
 一応秘書だけど、監査に近い事も請負っていた。
 次の日は学園へ訪問。
 校内の教師及び、生徒達に問題が起きてないか報告を聞く。
 こちらも問題無さそうだ。後は警備に不備がないか、防犯上の問題はないか確認。それが済むと、校内を見て回った。
 彼が学園に訪れると、生徒達から何故か〝秘書さん〟と呼ばれている。
 Mr.Maxwellと呼びづらいのか、フォートレスもセレウス・マクスウェルと名前を変えているが、姓は一緒。もしかすると、まともに覚えていないかも知れない。
 校内でも生徒達や教師とすれ違い様、挨拶や会話を交わして情報を集めている。
 開校してまもない学園である。何か問題が起きたら素早く対処。それが出来なければ、今後の運営にも関わる。
 そういう主旨に基づき、理事長の偉范梨に代わって、グランドが様子をみていた。
 この忙しさが彼を仕事中毒に陥らせる。急に暇ができると、落ち着かない気持ちを抱えてしまう。
 何せ、やる事が一杯。
 地球上での仕事だけではなく、この星に来る前に、手を貸して貰った相手にもレポートを依頼されていたからである。
 デキル秘書は今日も忙しい。

    オンライン女子会

 バレンタインデー当日の夜、金栄華は偉范梨とオンラインで飲み会をしていた。
 栄華がグランドにメールを送った日、范梨から通信アプリでメッセージが送られていたからである。 
 『バレンタイン当日の夜、二人でオンラインチャットをしませんか?』
 と、いう風な内容で。
 この内容をみた栄華が思わず呻いたのは言うまでもない。
 やっぱり来たか、という意味で。
 彼女は彼等二人の雇用主であるのが前提だが、その関係で自分も秘密を守る仲間に入れて貰ったのだ。
 それはさておき、結果は言ってみたいような、言いたくないような気持ちが揺れ動いている。
 范梨は自宅で家人にお酒と摘まむものを用意して貰って、準備万端。
 こちらも飲み物と食べ物を用意。
 そしてチャットが始まった。
 『Hi! 栄華。久しぶりね、元気?』
 まずは、当たり障りない挨拶から。
 「こっちも元気。仕事はそれなりにあるから、食べていける」
 『それは良かったわね。今は何処にいるの?』
 栄華の背景には、ホテルの室内の調度品が映っている。
 「カルフォルニアのシリコンバレーの取材でアメリカに」
 『あの地域は、相変わらず落差が激しいものね』
 范梨はそれ以上追及せず、世間話を続けたが、一段落付すると本題に切り込んできた。
 『それでね、聞きたい事があるんだけど、良いかしら?』
 やっぱり来た、と思わず身構える栄華。
 『うちの秘書があなたに会いに行った筈だけど、結局どうなったのか、気になって仕方ないの』
 はっきり聞いてきた。
 興味津々な眼差しに、内心で冷や汗をかく。
 彼女は結構鋭いので油断出来ない。
 「う、えっと……」
 尚も口ごもる栄華。
 『もしかして、断られた?ちゃんとプレゼントできたと思ったけど』 
 「そんな事はない!渡してきたの、一応」
 『ふうん、一応ね』
 目を細める范梨に対し、栄華は耳を赤くして俯く。
 「渡せるのは出来たけど、その瞬間、何か急に恥ずかしさがこみ上げてしまって……」
 尻切れトンボな返事に対し、ジト目になる。
 『もしかして、逃げた、とか?』
 「やーめーて、言わないで」
 鎌かけのつもりで発した質問に対し、見事に撃沈。
 『え、本当に逃げたの』
 流石にドン引きする范梨。
 今時のティーンエイジャーでもやらない事を仕出かさないよ、この展開。
 「私が一方的に想っているのは自覚してる。彼の優しさにつけ込んでいるのも」
 『だったら、何で逃げるの?』
 普通に渡していれば、こんな状態にならない筈だけど。 
 范梨は訳が分からないまま、チベットスナギツネの様な顔になる。
 栄華は自分で用意したビールの瓶を手に持ち、一口飲む。 
 「私は彼の事を好きだけど、相手がどう思っているか聞くのが怖い」
 『怖いって、どういう意味?』
 「彼の出す答えが分かるから」
 泣きそうな彼女の言葉に納得する范梨。
 秘書として働く彼ーグランドは、完璧に業務をサポートしている。
 休憩中、他のスタッフの雑談に加わらず、基本的には聞き手だった。
 自分と他人の線引きがはっきりしているのは理解している。
 もしも私達が対応を間違えたら、その時点で、心の中で切り捨てられてもおかしくないわ。
 栄華は今まで考えないようにしてたけど、私と話をしたことで、改めて気づかされた訳ね。
 私も他人の事を言えないわー。
 心の中で呟くと、顔を上げる范梨。
 『まぁね、あなたの言い分は解った。少なくとも、逃げた事だけは謝るといいと思うの』
 「私もどんな顔をしていれば良いか分からないけど、謝罪するのは決定。有難う、范梨」
 『どういたしまして』
 吹っ切れた顔になった栄華。
 「話は変わるけど、范梨は日頃の感謝をグランドに捧げた事ある?」
 これは薮蛇だった。
 一緒に仕事をし始めて数ヶ月。色々忙しくて、まだ考えてない。 
 『言われて見れば、確かに……」
 「私が教えて貰った話によれば、元々は上司さん、Mr.セレウスの護衛でこの星に来たけど、あなたが秘書として引き抜いたと」
 セレウスと名前を変えたフォートレスを上司さんと呼ぶのは、念の為というより気分の問題。
 実は、偉范梨より金栄華が出会ったのが先である。
 昔、グランドが密かに地球へ調査に来た事があり、その時に出会ったのが栄華だった。 
 『ええ、それは本当の話。ちゃんと交換条件を提示したから、働いて貰っているし』
 「お金と待遇をよくしているのは当たり前だけど、何処かで感謝の気持ちを示すのはやっても良いんじゃない?」
 彼女の言葉にうなづく范梨。
 『そうね、私も何かやってみようかしら』
 「決まったら教えて。私も手伝えるかもしれないし」
 意気込む相手に対し、ちょっぴり引き気味になる。
 さっきまで泣きそうになっていたのに、もう元気になってるし。好奇心で話を聞こうとするんじゃなかった。恋愛って面倒臭い。范梨も案外残念な性格である。
 『そうね。たとえば、彼の個人的な知り合いは、この星にいるのかしら?』
 内心で鼻白みながらも、具体的な案を示す。
 「それよ、ナイスアイデア!何処に暮らしているのか探してみようよ。私も手伝うし、何か手掛かりがあったら、情報交換という感じで」
『こうなると、一番手っ取り早いのは、Mr.セレウスに聞く事でしょうね』
 現金な相手に対し、気だるげな返事。
 「多分ね。ちゃんと理由を話せば、協力して貰えると思う」 
 『じゃあ、私の方から後日、連絡をとってみる』
 「お願い。こっちも昔、調べた資料を当たるから」 
 栄華は若い頃、グランドに出会ったことで、トランスフォーマー達の歴史を軽く調べた事があった。
 『よろしくね』
 「じゃ、お休み。私も明日に備えるから」
 これでチャットは終了。
 范梨は一つため息をつくと立ち上がり、寝室へ向かった。
 日頃の感謝、ね。彼とは別に、会社のスタッフにも何かしたら良いかもね。
 こうして夜は更けていく。

        おまけ

 グランドが日本を出国する日の前日。 
 すべての用事を済ませて荷造りをした後、不意に芽生えた疑問を口にした。
 「そう言えば、貴方の場合、プレゼントの類いはどうしたのですか?」
 「全部断わると宣言した。一応、少食という設定と、甘いものは苦手で通したからな」
 断わったと聞いて納得。だが、その次に発した言葉に思わず目をみはる。
 「その代わり、期末試験は頑張れと言っておいた。女性講師からも贈られそうになったが、これも断った」
 案外フォートレスもバッサリ言い切る方である。
 「結構、思い切りましたね」
 「こういうイベント事は、最初が肝心だからな」
 感心する半面、敵認定した相手に慠全とした態度と言動を取ると聞いているから、まだ穏やかな対応だった。
 金栄華の取った行動がイレギュラーなだけで、日頃親しくない人間が堂々とプレゼントを贈る機会は案外限られている。
#トランスフォーマー #小説同人誌

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
  
 
 
 
 
 

 

 

 
 

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