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君へ贈る卒業証書 #シロクマ文芸部

「卒業のあかしとして、これを君に贈るよ」
 と、僕は君へ渡すために、知り合いの業者に頼んで『卒業証明書』を作ってもらった。
「卒業の証って、何からの卒業?」
 君は、渋めのアフタヌーンドレスの裾を気にしながら訊き返した。
「今日で、母親卒業。だろ?」
「母親は、死ぬまで母親よ」
 君はドレスの裾に付いた土を見ていて僕の顔を見ていない。
「着替えて来れば良かったわ」
「まあ、とにかくよくできているから見てくれよ」
 ハイハイと言いながら、君は『卒業証明書』の入った箱を受け取った。

 僕らは、ニューヨークで出会い、恋におちた。
君は海外特派員として希望に満ちた未来を見ていた。ハドソン川を望むマンハッタンのアパートメントを二人で借りて、仕事と生活を楽しんでいた。
 君は、それ以上は望んでいないと思っていた。
 だから、ハバナ行きを僕は志願した。
 
 中南米の情勢を伝える義務があると、僕は一人正義感に燃えていた。君も同胞だと信じて、僕は決断した。
現地に派遣されて数年後、君から連絡があった。
「東京に戻るわ」
「辞令が出たのか?」
「いいえ」
「なぜ、帰るんだ?」
 声は近いのに、カリブ海を渡った遥か遠くにいる君。答えを発するまでに、その遠さを感じさせた。
「私、母親になる」
「え?」
 どのぐらいの沈黙が続いたのだろう。
「養子縁組をしたの」
「いつ、結婚したんだ?」
「私、一人で育てるの」
「仕事は、仕事はどうするんだ」
「続ける、だから、東京に戻るの」
 あの時の僕には、君が伝えていることが理解できなかった。
「日本で治療させるの」
「治療?」
「HIVポジティブの乳児で、アジア人だから引き取り手が見つからないって」
 君は取材先で知り合ったサンシャインという生後3か月の女の子の母親になろうと努力をしていた。


 サンシャインは日向ひなたという名前で日本で元気に育った。
君が母親になった年齢よりも5歳も若くして母親になった。そして、君が母親になった思い出にニューヨークで、日向は結婚式を挙げた。
「日向は、ずっと、私のサンシャインなの」
「よく頑張ったよ。もう母親から卒業してくれないか?」
 僕は『卒業証明書』の上に指輪のケースを置いた。
「私は、貴方から卒業することは、できないみたいね」
 そう言って君は、僕の肩に身を預けた。
 君の愛おしい太陽の光りが、君の頬を紅く染めていた。

                                了

#シロクマ文芸部 #卒業の
今週も参加させていただきます。


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