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無機質の裏側 #青ブラ文学部

「エモーショナルアンドロイド」
 通称エモロイド。感情を蘇らせるために開発されたアンドロイド。彼らにはきちんとした感情があるのかと、何度となく議論されてきた。今回の事件で議論が再燃されることは目に見えている。
 僕は検事になって何度目になるのだろうかと、気が重くなるのを感じながら、血塗れ状態でうっすらと笑みを浮かべているエモロイドを凝視した。そのエモロイドは生存者である女性の横で、青空を模写した天井を見つめていた。
 空っぽになってしまった心に寄り添う空洞の機械の心。ゼロとゼロが対峙したところでどんな効果があるのかと、不思議でならない。だが、統一帝国政府が打ち出した政策に反論することは、宇宙服を着ずに外気へ繰り出すようなもので、危険過ぎた。
 僕が横たわる二体を観察していると、エモロイドが生存者である女性の手を優しく握っているのが確認できた。さらに、女性がその手を強く握り返しているように見えた。それはまるで、感情のオウム返しのように感じられた。
「恐れからくる共感なのだろうか」
 数分後、血塗れの生存者女性とエモロイドが引き離され、各々部屋から連れ出されて行った。後には、バーガンディ色に変色した血の海に横たわる男女の遺体が残った。その無残な姿は、凶暴なシャチに喰いちぎられたアザラシを想起させた。
「こんな惨いことを、アイツがやったというのか?」
 現場から離れようとしていた僕は、ストレッチャーに乗せられ運ばれていく生存者女性の赤銅色に塗り固められた手を握りながら彼女に声をかけている男を確認した。男は見つめる僕に気づいたのか、振り返り見つめ返した。最大のライバルであり、幼馴染のコーラル・リースだ。

AIとの共存は、すぐそこに

 様々な技術が発展し、鑑識などの科学捜査が数段と時間短縮されるようになったが、その科学を以ってしても、憎しみや怒りといった感情を計り知ることはできない。その相手が、たとえ失感情症の治療に開発されたエモーショナルアンドロイドだとしてもだ。
 当初僕は、この事件は早急に解決できるだろうと高をくくっていた。

 僕は、周囲の反対を押し切って、第一容疑者であるエモロイドのサイアンとともに、生き残った被害者の妻、マロウ・アガットを逮捕起訴しようと、計略を練った。
 アレキシサイミアであるマロウは、エモロイドであるサイアンには、わずかではあるが心を開いている。僕は、そこを利用しようと考えた。監視が強化されたドーム335エリアの一画で、マロウ・アガットとエモロイドのサイアンを勾留し、監察することにした。
 エモロイドに人間のような感情という概念が存在するのかということにたどり着く。
 感情を失った人間の感情を取り戻すために開発されたのだから、感情が存在するのが当然だ。彼らは自ら考え、喜び、怒り、悲しみ、そして、愛する。と、エモロイド感情保持派は主張する。僕は、そうは思わない。いやちがうな。そうは、思いたくない。恋愛感情・恋する気持ちや愛する気持ちは赤い血が通っている者だけの特権だと思いたい。
    検事になって数ヶ月の事件で出会った、シュリンガーラと名付けられたエモロイドがいた。愛情を無くしてしまった男性のために与えられたシュリンガーラのデータには、スキンシップが愛情だとされていた。
 男性はシュリンガーラによって徐々に愛情という名のスキンシップを取り戻していった。両親に対するスキンシップ、飼っている愛犬に対するスキンシップもとれるまでに回復していた。そのスキンシップが、シュリンガーラが望んではいなかったまでに、度を越してしまう。愛情を取り戻した男性は、好意を持った女性に対し、スキンシップという名の性暴力を犯した。残されたシュリンガーラは、男性の愛犬に対して、同じような愛情表現をしていた。シュリンガーラは回路が暴走し、誤った愛情表現を男性に教示してしまったのだとして、廃棄処分となった。
 感情のある人間のような扱いを受ける一方、都合が悪くなれば途端にただの機械に格下げされる。彼らエモーショナルアンドロイドに感情が存在するのであれば、廃棄処分の判決が下された時に、死にたくないという恐れを感じなかったのだろうか。やはり、そこには死に対する気持ちが存在していなかったと、僕は思う。
 今、この勾留部屋にいるエモロイドのサイアンには、どのようなデータが保存されているのだろうか。そして、もう一人の被疑者であるマロウ・アガットは、なぜ、このような事件に巻き込まれなくてはならなかったのか。

「何か、進展ありました?」
 裁判では敵対する弁護士コーラル・リースに対し、笑顔を振りまくAI事務官モーヴを見て、僕は不思議な感覚に触れた。
「リース先生は、私たちAIロボットを人間のように愛おしいと、思っているところです」
 モーヴが放った『愛おしい』という言葉が、僕の心を突き刺した。
「でも、エモロイドへどんなに愛情を注いでも、インプットされているデータ以上の愛情は返せません」
「エネルギー補充とアップデートを繰り返さなければ、そこでストップだからな」
 僕はモーヴの言動を気にしつつ、勾留室へ向かおうとした。
「そんなことはない。父の作ったエモロイドは、ちゃんと答えてくれた」
 僕は、コーラルの言葉を背に受けて、検察側事務所をあとにした。
「システムID:YJ413は、僕に生きる力をくれた。アイツは、サイアンはYJ413だ」
 僕は、勾留室の中のマロウと、彼女にそっと寄り添うサイアンを見つめた。
 そして、コーラルの瞳にもサイアンと名付けられたYJ413の姿が映り出されているのを、僕は見逃さなかった。
「絶対にサイアン、いやYJ413を廃棄処分にはさせない。僕は、YJ413に今でも恋してる」
 コーラルは、僕に宣言した。

サイアンと名付けられたYJ413は
数奇な運命をたどる




#青ブラ文学部 #AIに恋した話
山根あきらさん
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