見出し画像

閏位の帝国 #シロクマ文芸部

     閏年にしか現れない、天空の帝国を探しに行く決心をした。
    その存在を知ったのは、今から12年前のオリンピックの年だった。ロンドンで開催されるオリンピックを取材するために英国、正式名はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国。エリザベス女王と007ジェームス・ボンドがヘリコプターからユニオンジャックのパラシュートを広げ、スタジアムに降り立った、あの年だ。
 取材を終え、スタジアム近くのパブで飲んでいると天空の帝国の噂が耳に飛び込んできた。
「今年も行くのかい?」 
 こげ茶色したエールビールを飲んでいる、そのビールと同じような赤毛の男性が、彼の横で真っ黒なギネスを飲んでいる黒髪の男性に聞いた。
「閉会式が終わったら、探しに行ってみるよ」
「今回は、どの辺に出現すると思う?」
 黒髪の男性は、自分の髪の色よりも濃いギネスを口いっぱいに含んだ。味わっているのか、ただ喉を潤しているだけなのか、ゴクリと飲み込んだ。
「前回、目撃できたのが中国大陸上空だったから、まだその辺りか、もしかしたら南半球に行っているかもしれないな」
「写真におさめることができたら、ピューリッツァー賞もんだぜ」
 私は、男性たちの会話に交じりたくなりエールビールとギネスを奢るからと、天空の帝国の話を聞き出した。
「日本付近に出現するのは12年後だと思うよ」
 ギネスを飲んでいた男性コリンは、自分が今まで研究してきたというノートを見せてくれた。
「有名な日本のアニメのような、天空の帝国だよ。絶対探さなきゃ」
 私は、冷えたラガービールを流し込むと彼らと名刺交換をして別れを告げた。別れ際、天空の帝国を目撃したというコリンに言われた言葉が気になった。
「天空の帝国は別名、閏位の帝国って言われてて、異端者じゃなきゃ入国どころか、目撃することもできいないらしいぜ」
 異端者。それだったら、私は間違いなく人生の異端者だ。
 しかし、この言葉の持つ本当の意味を、この時の私は理解していなかった。

成層圏近くに浮遊する天空の帝国

 12年越しの夢が実現する。ロンドンからリオデジャネイロ、東京そしてパリオリンピックと3回の五輪を終えた。
 天空の帝国は、日本の東京の上空、東京と言っても小笠原諸島の近くで目撃したとの英国で知り合ったコリンから連絡をもらった。
「アスカ、行くなら今だぞ」

 成層圏近くに浮遊しているという天空の帝国に行くため、私はコリンと東京で合流した。同じ目的のため、日本と英国の新聞社がタッグを組むことにした。カプセル付の熱気球で天空の帝国を目指す。
 飛行場から私とコリンを乗せた気球が舞い上がった。
「アスカ、なぜ天空の帝国を探しに行きたくなったんだい?」
「閏位の人たちが作った帝国の暮らしを見てみたい。私も正統な人間じゃないから」

帝国の城へと続く階段

 
 そこは、緑に覆われた巨大な石の塊のようだった。
何百年、何千年と空の上を彷徨っていたのだろう。
緑の樹木と、苔生した城壁や石畳。ここを登っていけば、彼らに会えるのか。
 正当な理由もなしに異端者扱いされ、逃避した者たちが建国した閏位の帝国。何が正しくて、何がいけないのか。神でも仏でもない人間同士が決めたことで、邪魔者扱いされた。地上には居場所がなくなってしまった人達が寄り添い暮らす国。

 天空の帝国が閏年しか姿を見せないのは、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に準じているのかもしれない。
 どんな人間も、弾かれることなく受け入れる。
 それが、閏位の帝国。


ここを潜れば苦しむことはないけれど……。


 ここ(天空)を選ぶか、あそこ(地上)を選ぶかは自分次第。
地位も名誉も、全て捨て去り楽な道を選ぶか。
差別に耐えて、汗水ながして努力して生きていくか。

コリンも私も、ここに来るのは、まだ早いと入国を拒否された。

「もう少し、あそこで踏ん張っていなさい」
 と、帝国の皇帝が言った。

あと何回、閏年を回せば入国できますか?
それは、あなたの考え次第。

                           了






#シロクマ文芸部 #投稿企画 #閏年
今週も、参加させていただきます。
よろしくお願いいたします。




サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭