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小さな世界 #シロクマ文芸部
金魚鉢を覗き込んでいた君が、消え入りそうな小さな声でささやいた。
「幸せなのかな?」
「え?」
「この金魚鉢から逃げ出したいと思わないのかな」
そう言いながら君は、パラパラと餌を入れた。
「それはないと思うな」
「なぜ?」
「だって、優雅に舞っていれば餌はもらえるし、いつもきれいな水の中で過ごせるんだぜ」
餌を入れる君の手が止まる。
「こんな小さな世界に生きていて、息苦しくないのかな」
「君は、息苦しいの?」
「私?」
僕は、金魚鉢に視線をむけたままの君の横顔を見つめ、答えを待った。
「ときどき」
「それは、僕といるからなの?」
「誰といようが、同じ」
再び、君はパラパラと餌を金魚鉢へ入れた。
「君はそうかもしれない。金魚たちはこの小さな世界で生きていくことしか知らないし、できない」
「逃がしてあげれば知ることはできるでしょ?」
「それは、金魚たちを不幸にするだけだよ」
「広い世界を知った方が、この子たちは幸せになれるかもよ」
君が放つ言葉のひとつひとつが刺繍針を通して僕の身体へ刺さっていく。
「それは、死へ導いているようなもんだ」
「そうかな」
「外界に放たれた金魚だって、元いた魚たちにしてみれば脅威になるんだ。金魚も元いた魚たちも不幸になるんだよ」
アパートの小さな窓から生暖かい風が入ってきてカーテンを揺らしている。君は金魚鉢を西日から避けるように部屋の奥に運んだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1717137050226-mxXe6xW94k.jpg?width=800)
コンビニで買ってきた助六が置いてあるテーブルの真ん中に金魚鉢を置く君。蛍光灯の光りに照らされる二匹の金魚。身体の半分はある長い尾をユラユラと優雅に揺らしながら泳いでいる。
君は助六の蓋を開けると、稲荷ずしを右の人差し指と親指で摘まんだ。金魚鉢を眺めながら上手そうに稲荷ずしをほおばった。
君は稲荷ずしを咀嚼している間、ずっと金魚鉢を見つめていた。
「小さな世界で生きていくのも、広い世界で生きていくことも、大変ってことね」
と言って、右の人差し指、そして親指をじっくりと舐めた。
「私も、この小さな世界でカッコ悪くもがきながら舞っていくわ」
「そうさ。誰も気にしちゃあいないしな」
僕は、助六の海苔巻きを口に入れた。
金魚鉢の金魚が、ぷくぷくと泡を吹いた。それは、まるで僕らの姿を笑っているようだった。
#シロクマ文芸部
#金魚鉢
小牧幸助さま、企画に参加させていただきます。
よろしくお願いいたします。
※すみません、完全に締切日間違えておりました💦
サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭