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白の忘却曲線 #青ブラ文学部

 真っ白な世界にいた。
瞼の裏に陽があたり、毛細血管を浮き上がらせる。サボテンに寄生する貝殻虫が覆い、コチニールで染められた真紅へ一気に変わったようだ。
 カリブの太陽は、ことのほか激しく燃えている。
水平線の先まで続いているであろう、清く、青く揺れる水面。
反対に、直視するのを拒むように白く輝く砂浜。

 僕は、まだ白日夢の中にいるのだろうか。
遠浅の波間から、濡れた白いワンピースを身体に貼りつかせた君が現れた。
少し小麦色に焼けた君の肌に纏わりつくワンピースは、ただの白色では言い表せない雰囲気をもっていた。
 その白さは、南国の海上に降りようとし、あっけなく消えてしまう雪の白さのようであり、鉛の毒を含んだ胡粉の白さを放っていた。たやすく触れようものなら、貴方か私のどちらかが消えるわよと忠告しているようだった。
 一方で、生成きなりのような、生まれたての加工がなく飾りけもない、気の向くまま生きている姿もあった。

「水着を持っていないの」
 と、君はラムのカクテル〝スコーピオン〟を口にしながら、ビーチサイドの店で微笑んだ。
「そのカクテルの意味を、知ってるかい?」
「知らないわ」
 妖しく微笑んで、君はグラスのチェリーを口に含んだ。
「瞳で酔わせて」
 僕がささやくように伝えると、君は夏梅に酔ったような視線を送った。
 そして、じっくりと味わうようにチェリーを舌の上で転がした。
「一人?」
 僕は、君に訊いたあと、何て愚問を投げたのだろうと反省した。
「今はね」
「と、いうと」
「逃げてきたの」
 と言いながら、指輪のあとが残る左手を見せた。
「殺されるか、逃げるかの選択しかなかったわ」
「誰かに相談したのかい?」
 君は僕の質問に答える前に、スコーピオンを口に運んだ。
「今、貴方に」
「なぜ」
「貴方、モヒートを飲んでいるから」
 そう言って君は、僕のグラスからミントの葉をひとつ摘まんだ。
「心の乾きを癒して。だから、話したの」
「その相談に乗るよ」
「私の上にも?」
 君は、ゆっくりとラムで酔ったチェリーとミントの葉を舌の上へ乗せた。
 
 真っ白な世界にいた。
カリブの太陽が部屋の奥まで差し込んでいる。
     僕は君との逢瀬を重ねた。お互い何かに逃げていた。このまま逃避行を続けようか、それとも、どこかで終止符を打とうかと考えていた。

 金も気力も途絶えそうになった朝、ベッドサイドに白ワンピの女の子が座っていた。
「あ、目が覚めた?」
「君は?」
「ママからの伝言よ」
「ママ?」
「昨日まで、よろしくやっていた人のことよ」
「君、いくつ?」
「9歳」
「ママはどこ?」
「わかんない」

 僕は白ワンピの女の子を連れて階下へいくと、大勢の警察官がいた。僕の姿を確認すると、すぐさま女の子を引き離した。そして、僕は警官に確保された。
「貴方を未成年者誘拐罪およびゴールドマン氏殺害容疑で逮捕します」
「なに? 僕を誰だと思っているんだ」
「よく存じております。ジェフリー・ゴールドマン二世」

「君は?」
「貴方の恋人の娘。あ、ちがうわね、貴方のかわいい妹よ」

 僕はまだ
 真っ白な世界にいる。
 もう、抜け出ることは、できないのかもしれない。

                     了

 



#青ブラ文学部    #白ワンピの女の子

山根あきらさん
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