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線香花火の花が咲く #シロクマ文芸部

 花火と手の両方を握りしめ
君は僕を引っ張るようにして
宿の先にある夜の浜辺へ急いだ。

「何をそんなにせっているんだい?」
 僕は君の心の中を覗いてみたくなった。
「この先、風が強くなってしまう前に、行かなくちゃ」
 君は振り返りざま、そう答えた。
 前を向き直した一瞬に
 君は大きくつまずいた。

「痛っああ」
「大丈夫?」
 薄明りの中でも、君の膝小僧から血が流れていることがわかる。
「平気、平気。急ごう」
 それは、君のやせ我慢の言葉だとすぐにわかったよ。
 ボンヤリと照らす街灯の光に君の涙が
 星の欠片のようにキラキラしていたから。

 浜辺には、たくさんのにわか花火師たちで賑わっていた。
「はい、あなたの分」
「一本だけ?」
「大きな花火は、他の人たちが上げてくれているでしょ。私たちは、この線香花火一本づつで十分よ」
 君は僕の瞳を捉えると、ニッコリと微笑んだ。
 
 僕はポケットから百円ライターを取り出し、花火につけようとすると君にとめられた。
「ダメよ、そんなつけ方したら」
 そう言うと君は、僕から花火と手を引き離した。そして、小さな線香花火を丁寧により始めた。
「線香花火ってね、この一本の中にひとつの人生が織り込まれているのよ」
 君から再び花火と手が添えられた。
「だから、少しでも長く、きれいに光らせたいじゃない?」


 この先の僕らの人生は
線香花火のように、いろんな変化をしていくのだろう。
『牡丹』は、二人の間に宿った生命のようであり、
パチパチと音を立て、激しく火花を散らす『松葉』の姿は、僕らの心がぶつかり合っているようだ。
『柳』に入ると、音も火花も静まり角が取れてくる。
 人生も中盤に突入するんだ。
 それから、二人の人生を振り返るように
小さな火花が『散り菊』の花びらのように、おだやかに舞っていく。
そして、最期に最大の力を振り絞り、パッと火花を大きくし、光とともに火玉が落ちていく。
 人生の終焉を迎えるんだ。

「同じ線香花火なのに、光り方や落ち方が違うでしょ?」
 君は『散り菊』の火花を見つめながら優しい声で言う。
「人生と、同じだね」
 僕が言うと同時に、大きな火玉が
水を張った小さなバケツへ、ぽとりと落ちた。

 花火と手の両方を握っていた幼い娘を抱きかかえ、僕は君と
 あの浜辺へ向かっている。

                 

                            了

 


#シロクマ文芸部 #花火と手
小牧幸助さん
企画に参加させていただきます。


サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭