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夢の島へ 【秋ピリカグランプリ2024】

 今日も東京湾埋立地21号に紙クズの雨が降る。
「昔はここら辺は、夢の島って言われていたんだよ」
 と、弁護士の狭山が大きな雪の結晶に見える紙クズを見ながら言った。
「夢の島? この埋立地がですか?」
 モルが訝しげな視線を狭山に送った。
「もう、100年以上も前の話だけどね」
 そう言って狭山はモルへ視線を移した。

 モルの父親片岡は東京前来世大学の医学書研究の第一人者だった。政府のペーパーレス化推進に否定的な立場を貫いていた。政府は、どのような歴史的価値がある書物だとしてもデジタル化し、さらなる修復作業は行わないと決定した。
 片岡は日本最古の医学書である『医心方』を守るためデジタル作業中の機関内に侵入し、作業中の職員に暴行した上に『医心方』を隠した罪に問われていた。しかし、その『医心方』が消失した日は、モルの母であり片岡の妻であった亡きモリの49回目の誕生日を父娘は自宅で祝っていたのだ。
 『医心方』のデジタル化は終了していたものの、処分された形跡がなかったため、片岡に容疑がかけられた。
「モルさんは、本を紙のページをめくって読むなんていうことをしたことは、ないんだろうなあ」
 雪山の中をザクザクと音を立てて歩いているように見える狭山は振り返って言った。
 たくさんの文字に装飾された紙片の上をよろめきながら歩くモルは、ずっと下を向いたままだ。
「いえ、私は幼い頃から紙の本にふれてきました。紙の書籍が禁止されたあともです」
「そうか。それじゃあ、見つけやすいな」
 こんな光景がくるなんてと、モルは悔しさなのか哀しみなのか、何とも形容のしようがない気持ちに襲われていた。
 紙クズと言われて久しい薄汚れてしまった書物の山に登っているのを嘆いているのではない。科学という高度技術の発達は喜ばしいことではあるけれど、紙ゆえに見えてくる良さがある。紙を触った時のざらつき、お気に入りのペンで大切な言葉を書き留めた時の高揚感。ページをめくる時のパラッとかシュルッとかの心地よい音。
 その全てを否定されているようで、悲しかったのだ。

 この東京湾埋立地21号、昔、夢の島と呼ばれた地にきたからと言って、片岡を無罪にできる確証はない。だけども、ただ新しい証言が出てくるのを手をこまねいて待っているわけにもいかない。
 モルの父親を助けるには、この夢の島に廃棄されたであろう『医心方』の痕跡を探る必要がある。
「あの『医心方』は、海外のコアのコレクターにはスゴイ高値で売れるんです。絶対、このどこかに隠してあるはず」
 モルは身を屈めながら、紙クズの山を除けていく。
「私が頼んでいたおいたトレジャーハンターがあの奥にいるはずだ」
「トレジャーハンター?」
 モルは狭山が発した言葉に素早く反応した。
「そうさ。この東京湾埋立地21号夢の島は、宝島なんだよ」
 狭山は左側の口角をくしゃっとして笑った。

                        了
(本文1180字)



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