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『みんなで育てる仕組みづくり』vol.4

2020/03/05 野元義久

月刊『人事マネジメント』に掲載の「みんなで育てる」仕組みづくりを
5回に分けてご紹介しております。

vol.4◆◆「みんなで育てる」コミュニケーション◆◆

■コンテクストの交換が鍵

みんなで育てることで多様な気づきを提供し、指導対象者のコンディションも丁寧に観察して障害を乗り越えていくヒントを紹介してきました。
しかしみんなで育てようとする時の大きな障害がもう一つあります。それは「誤解が増える」こと。そもそも人と人のコミュニケーションには誤解がつきものです。まして世代間のギャップがあると、片方が当たり前だと思いこんでいることが相手には非常識のように思える。みんなで育てると、そんなギャップをあちこちでたくさん生んでしまうリスクがあります。

この「ギャップによる誤解」を出来るだけ少なくするヒントが「コンテクストの交換」です。コミュニケーションはコンテンツ(発する言葉)+コンテクスト(本人にとっての理由や価値観を含めた、その言葉を発する背景)という2層構造で行われています。
たとえば、涙をにじませて頭を下げながらの“ありがとう”と、誰かに言えと命令されて納得していないのに渋々な顔で口をとがらせて言う“ありがとう”は同じ5文字です。文字起こししてみると変わらない5文字なのに伝わるメッセージには雲泥の差があります。
私たちは子供のころから、相手がどんな思いでその言葉を言っているのかを受け取れるように訓練してきました。そのおかげでほとんどの場合はスムーズにコミュニケーションがおこなわれます。言葉(コンテンツ)の背景となるコンテクストが認識し合えれば、互いの理解が格段に進んで、やがてはほんの短い言葉で(場合によっては表情だけで)、相手の気持ちまでも理解できる関係になります。いわゆる“あ・うんの関係”です。“あ・うん”関係は互いに楽だし仕事も早く進みやすくなります。

しかし、コンテクストの交換は簡単ではありません。
たとえば日本では当たり前とされていて、新人研修でも基本のキとして教育される“ホウレンソウ”が他の文化圏では理解しがたい。特に“相談”がやっかいなもののようで、“自分を評価し処遇を決定する立場の上司に、なぜ自分が困っている(自分では解決しきれない)ことをオープンにしなければならないのかそもそもわからない”と考える人もいます。その人に“自分で抱え過ぎて問題を大きくする前に、出来るだけ早めに上司に相談しましょう”という指導はそもそも心に入っていかない。個人の評価よりも協力して問題を解決するというチームの評価を重んじている文化であることを理解し、共感してもらえなければホウレンソウの実践さえもままならないのです。

さらに、それぞれが当たり前と思い込んでいるコンテクストは、それぞれが良かれと思う善意の前提です。もし自分の善意を否定されたら、どんなに徳を積んだ人でも一瞬はカチンときてしまうのではないでしょうか。「普通こうでしょ」という言葉が多い人はカチンときてしまう度が高い人です。
ここでは衝突を回避するためのコンテクストの交換のヒントを紹介します。

■コンテクストは自覚しにくい

わかりやすくするために、「コンテクスト=自分にとっての当たり前」と置きます。
当たり前は自分では疑うことができません。さらにやっかいなことに(見方を変えれば都合のいいことに)、私たちは当たり前が近い人同士で集まる傾向があり、当たり前を疑わずに過ごすことを加速します。いちいち面倒な説明をしなくていい人と一緒にいた方が楽なので、そのコンテクストを説明しない過ごし方は日常化します。
実はこれが会社の職場で無意識に起きていることです。みなさんの会社でも、明らかにはしていないけど“普通こうするものだ”という当たり前がありますか?
たとえば、指導対象者は先輩の指導にはまずは従うことをよしとされるのか、先輩であっても異論があれば表明することがほめられるのか?
たとえば、
・スピードを優先するのか、熟考を重んじるのか?
・社内の都合は譲れない絶対のものなのか、お客様の要望に忠実に応えることをよしとするのか?
・組織の目標のために個人が犠牲になることを美徳とするのか、個人の尊重が優先されるのか?
どちらでしょうか?

私は7つの会社で勤めました。起業してからも営業やコンサルタントとして、創業間もないベンチャーから再生に挑戦する超大手企業まで2万人を超える様々なお客様と出会ってきました。その過程で、日本の会社でも当たり前が違うことを痛感しています。それぞれの会社の商慣習や戦い方が違うので、当たり前が違ってくることも当然です。
新卒で、どちらかというと上下関係がやわらかい会社に入った私は、稟議という手続きを軽視してしまう傾向があります。いいアイデアなら新卒が社長に進言しても即承認され、周囲もそれを後押しするという職場を“なんとなく”望んでいます。初めての転職で、文字通りのコの字型の報告会スタイルの会議に驚きました。上位者との一問一答を順番に繰り返すやりかたに違和感を覚えましたが、役職を絶対の序列として厳格な手続きを重んじるなら、そのスタイルがその会社の当たり前なのです。
会社の当たり前を重んじることでビジネスが成功し、ビジネスが成功するから当たり前が肯定されます。ますます当たり前の自己肯定が進みます。やがて自分たちの当たり前が暗黙のものとなり、新しく入ってきた人たちには理由の説明もなく当たり前の遵守を強要し始める。悪気はありません。そして当たり前の共通認識が強い集団ほど、他の当たり前を否定する。これが進むと、違う当たり前をもつ新たな加入者を歓迎しない排他的な職場になります。“ウチの会社に合う/合わない”という感覚はここからきています。

ニューカマーである若手は当たり前に困惑している期間は孤独になりがちです。
新卒を中心とした若手は、その職場の「当たり前の理由」がわかりません。長期雇用が前提で会社と社員の距離感が密接だった昭和の時代に比べると、若手は簡単に他の道を探し始めます。そのきっかけの一つは“社風に合わない”という理由ですが、社風とはまさにその職場・会社に存在する偏った当たり前からくる行動です。

そして当たり前の認識違いは納得しきれない指導の関りへとつながります。
事例で考えてみましょう。「納期ギリギリになって、“ここまでしかできませんでした”と指導対象者が言ってきた場合」の互いの当たり前をみてみます。
メンター側からは、
・できなさそうな時は早めに言ってよ。
・できませんでしたじゃ終わらないんだよ。ここから誰かがやらなきゃいけないんだよ、どうするんだ。
・そもそも納期は絶対でしょ。
……こんな声がよく上がります。これはメンターにとっての当たり前で、指導の関りの前提になっています。何度も自分の当たり前を侵害してくる指導対象者は信頼できなくなり“分からないやつ”だとレッテルをはり、やがて仕事を任せなくなります。
ここで指導対象者側の声を想像します。
・なんとか自分でやりとげたかった。
・忙しい先輩の時間をとることに躊躇した。
・できないやつと思われたくないからねばりたかった。
……そう思っていたかもしれません。
この意見をかぶり気味に「それは違う!これからは納期ギリギリにならないようにあげてきなさい」と否定してしまうかもしれません。すると、本人のやりとげたかったという意志は封じられ、できないやつと思われる不安を抱えたままで場が終わります。その先、納期ギリギリにならないように行動するかもしれませんが、メンター側の考えを根底で理解していないので似たような問題が再発する可能性が根っこに残ります。

■コンテクストを言葉にする

メンター側が、どう考えて・何を大事にして(=コンテクスト)、どんな指示・アドバイス(=コンテンツ)をしたのか?
対して、指導対象者は、どう考えて・何を大事にして(=コンテクスト)、どんな行動や発言(=コンテンツ)をしたのか?
互いのコンテクスト層を明らかにすることで、相互理解が深まります。コンテクストを理解し納得すると、指導対象者にとっての当たり前が増えます。他の出来事にも応用して考え始め、結果的にメンター側の求める行動に近づいていきます。100の事象に対して、都度、100の指示・アドバイスをするわけにはいきません。
メンター側は当たり前になっていた自分のコンテクストを言葉にして丁寧に伝え、並行して指導対象者のコンテクストを聴いてあげる必要があります。

みんなで関わる時はなおさらコンテクストを言葉にすることが大切です。
A先輩とB先輩が真逆のことを言って、混乱させてしまうことがあり得ます。このとき、表層コンテンツのアドバイスや指示内容で止めてしまうと、結局どっちが正しいのかがわからず混乱させたままです。次からどうしたらいいかも迷わせてしまう。
A先輩にもB先輩にも、指示・アドバイスのコンテクストがあります。きっとそれぞれが前提にしていることや大事にしていることがあります。そこがわかってくれば指導対象者も出来事ごとに大事にすべきことを選べるようになります。
まずすべきはA先輩とB先輩が指導対象者の前で、互いに自分のコンテクストを言葉にしてあげることです。先輩同士での学び合いが起きるかもしれません。

■コンテクストを交換する仕組みをつくる

困りごとやトラブルが起きたときにコンテクストを説明し合うのは、実は難しいものです。
急いでいることが多く、緊張状態になっていて冷静に互いのことを聴き入れられない可能性もある。普段からメンターチームと指導対象者のコンテクストを交換しておくことをおすすめします。プロセスの一つに組み入れて定期的に行えるとよいでしょう。

それぞれが何を大事にしているのかを知り合うだけでも有効です。
たとえば、以下のような質問に互いに答え合ってみてください。
・もっとも印象に残っている仕事は?
・忙しいときはどうやって仕事に向き合うか?
・悔しいのはどんな時か?
・師と仰いでいる人は誰か?
・どんな声をかけられるとやる気になるか?
・これから1ヶ月は何にこだわりたいか?
……事実だけでなく感情や願いを訊いています。これらの質問の答が、その人の当たり前の一部をつくっています。子供っぽい質問たちかもしれませんが、互いのコンテクストを理解しあうきっかけになります。メンターチームと指導対象者が集まるワークショップで実際にやってもらうと、制限時間では終わらないほど盛り上がります。みなさん、自分のことを語り、聴いてもらい、理解してもらいたいということを実感します。
人は生まれながらに“愛されたい。受け止めてほしい。理解してもらいたい”という願いを持っています。メンターと指導対象者の関係においても、互いがその願いを尊重しあえると歩み寄りが進みます。そして少しやっかいなこととして、多くの人が理解してもらいたいけれど“理解したよと言われると、そんなに簡単に私のことを理解できるなんて言わないでほしい”と反応することも覚えていてください。やはり定期的な相互理解の場をつづけるしかなさそうです。

■書き出して外在化する

コンテクストを交換する時には、冷静に互いのことを聴き入れる必要があります。
冷静になるための鍵は、互いが過度に“自責にしない・他責にしない”ことです。どちらかが悪い・間違っているとなると受け止めにくくなる。指導の関係では、指導対象者側が悪い・間違っているという方向に進むことが多いのですが、そのパターンが固定化されると、指導対象者は態度がかたくなり冷静に聴き入れることができなくなります。

指導育成の場面で違和感があったときは、以下の4つを二人の目の前に紙を置いて書き出すことをすすめています。
ア)メンターの指示・アドバイス(コンテンツ)
イ)メンターがどう考えて・何を大事にしているか(コンテクスト)
ウ)指導対象者の行動や発言(コンテンツ)
エ)指導対象者がどう考えて・何を大事にしたか(コンテクスト)

協働して問題を解決していくための原則は、問題の原因を“誰が”とせず“何が”と考えていくことです。この問題は何が悪さをしているのだろうか?という考え方です。一時流行った妖怪ウォッチと同じです。これを問題の外在化といいます。外在化できれば、“問題の原因=悪さをしている何か”をやっつけるためにいかに協力するかという話し合いになります。

書き出すことで問題の外在化がうながされます。
そして書き出した紙をストックしていけば、メンターチーム内で誰がどのような指導をしたかが共有されます。このストックは次の年の指導にも活かせるナレッジになります。

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