チェリまほTHE MOVIE🍒 映画ならではのシーンにおける撮影テクニックの妙🙌(を偏愛的に語る)

noteを使ってのチェリまほTHE MOVIEのへっぽこ考察、その3回目です。
毎回こんなでよいのかなと思いつつ、場面構成の妙に対する私的感動を共有できればと思い、厚かましくも駄文を書いています。好きなあまり誇大解釈もあるかもしれません(いや、あるでしょう)が、よろしければお付き合いください。

最初に毎回書いている注意書きをさせてください。

以下の文は映画チェリまほ THE MOVIE に関するネタバレを含むものです。ただし映画を観ていない方にはなんのこっちゃわからん記事になっていますので、まだ観てない方は直ちに映画を観に行ってください。映画だけでも大丈夫ですが、事前にドラマも観るとより楽しめますので、アマプラ等でどうぞ。鑑賞者の人生観が変わるかもしれない物語です。

では始めます。
筆者がチェリまほTHE MOVIEでとても映画的で好きだなと感じたシーンの(たくさんある中の)ひとつに、安達が病院で黒沢に連絡をしようとしてそれができず〜黒沢が駆けつけるところまでがあります。トータルでたぶん1分にも満たないシーンでしょうが、映画技法を説明するのと同時にということもあり、引かれるほど詳しく考察していきますw(偏愛っていうかむしろヘンタ…)

チェリまほはドラマ時代から映画的だなぁと感じるところの多かった作品ですが、ここのシーンのように、劇伴さえ使わずに一定の尺で心理描写を見せてくれる贅沢な感じは、やはり映画ならではだと思います。その上映像も美しくて。だからこそ、この繊細なシーンがとても好きでなりません。

ここでは、電話を切ってからの流れを解説(になっていればよいのですが)してみます。

この時、安達が歩いていく方向は右から左です。
映像が鑑賞者に与える心理的効果は、前回までに触れたような立ち位置のほかに、被写体の動きの方向でもそれがもたらさられ、ここでのように右から左への動きは敗北、絶望感のイメージを与えます。物語終盤近く、あの公園で、「うちに来る話、俺一人で行こうと思う」と言い出す前に思い詰めた顔で歩いていた黒沢の動く方向も右から左、でしたし、ドラマだと、例えば7話で告白後に「全部忘れて。(中略)次会ったら、全部元通りだから」と哀しく微笑みながら言ったあと歩く黒沢も、右から左への移動でした(つめてた息を吐き出すまでのあのシーン、くるおしいほど好きです)。

この左←右の動きは、てろんてろんと歩く安達歩きも極まって上向いていた顔もだんだんと下がり、「黒沢に連絡!」と息巻いてた彼の心が沈んでいくさまを表す手助けを果たしています。

ここで、あれ?安達が黒沢の元に、柘植が湊の元に走った時も右から左だったんじゃないの?とすぐに思いついたあなたはチェリまほのプロですね!(嬉)
ポジティブな心の動きに連動しているなら、あの場合は左から右となるのではないの?と。
おっしゃる通りでもあるのですが、右から左の動きには他に「速さ」(疾走感)を表す効果もある、ということもお伝えしておきます。もちろん、本当の演出意図は監督にしかわからないということも併せて、ご了承ください。

(動きがもたらすイメージについては、相変わらず残念な仕上がりで申し訳ない図を貼っておきますので、一応ご参考まで)

画像1

ちなみに勝利や希望のイメージを含んでいる左→右の動きは、ドラマチェリまほのエンディング、グラユラがバックに流れる二人の楽しそうなデートシーンで使われていたりします。

この後立ち止まった安達が見つめる先は本来逃げ場を表す非常口ですが、ここではガラスに打ちつける雨の壁によって、ゆく手を阻まれた行き止まり感があります。寧ろ非常口ですら閉ざされた感じがするのには、更なる閉塞感が感じられて哀しいです。

いつもの余談ですが、このシーンを観て個人的に私はドラマ7話の「全部ッ(×5)離れない‼︎」からの安達が黒沢の元に向かう場面を思い出しました。
1話で黒沢からマフラーを巻かれ、停滞していた心が初めて動かされた正にその場所(会社のエントランス前)を起点に安達が走り始めたのも、偶然ではない気がします。その上この時進んだガード下の向こうの信号は青で、まるで安達に向かって進め!と応援してくれているかのように、地面に長く反射して青い光の道標を作っています。
片や行き止まり、片や進め…いずれも細やかな演出がなされ表現された、素晴らしいシーンだと思います。

自前の写真ですが、ご参考まで。

画像3

すみません、病院場面に話を戻します。
今度はその撮られ方について。
赤楚くん本来の演技が優れているのはもちろん、激しい水の流れに連動してチラチラと明滅する青白い光が安達の顔に反射することで、不安と絶望感に揺れ動く心理が更に深みを持ち、かつ美しく形容されていると思います。
(ふとキシェロフスキ監督の『青の愛』を思い出したのですが、風間監督、お好きかなぁ)

BGMは雨の音。それが一層大きくなっていくのは、安達の心の中を占める黒沢への想いの強さと比例しているのでしょうか。そう、本来聴こえるだろう走って近づいてくる黒沢の足音も雨音によってかき消されているのは、ここまでのシーンそのものが安達の内面とリンクして、それを表しているからでしょう

ここがまた絶妙だなと感心したのですが、背後から走ってくる黒沢の影がハッキリと形を成すぐらいに見える始めるのは、ちょうど安達が視線を落とすのと同時に気持ちも底に落ちたような瞬間なのです。風間監督のディレクション?それとも赤楚くんと町田さんの演技の間の相性が抜群に良いの?ーーそのどちらもでしょうが、とにかくここで安達の気持ちに寄り添って観ていたチェリ家の皆さん(安達と一緒に底に居る)は、現れた彼のシルエットに「黒沢キターーッ!」と上がった↑↑のではないでしょうか。(もちろん私はそうです)

足音は聴こえなかったにも関わらず、「安達?」という黒沢の声は彼の耳にすぐに届きました。だって今安達がいちばん聴きたかった声ですものね。

信じられない+ホッとした安達、潤んで赤くなった目で安堵の息をついた黒沢、両者の表情の素晴らしさには、もう色々持って行かれて「うわーっ」となるので解説できません。(毎回最後は黒沢のそれでも整った顔と顎に滴った水を、ぽかんと見てるところで場面が変わってしまうということを繰り返している…)ていうかそんなもの不要ですね。

よい本、よく練られた画面構成に加えて、この演技力…チェリまほは私にとって得難い恋愛映画です。願わくは、いつまでも大画面で観たいなぁ。(もちろん円盤もほしい)

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