見出し画像

How to being ambitious

時々、仲良しさんが面白かった本をわたしにくださる。小説だったり、ハウツーものだったり、新書だったり。
そんな仲良しさんが今回は「読み終わったら息子さんにあげて」と言って、この本をくださった。「とてもいいから」と。
元々おしゃべりな人でないから、言外の含みをいろいろ推測しながら読んだ。
結果、仰る通り「とてもいい」。
まず、出だしがいい。真理を追求するためには、最初に自分が信じてきたことを疑えという始まり方。これは保守的な生き方を好む親に育てられた人には、なかなか難しいが、古くから真理を追求する法則として哲学者達が述べてきたように、恐らく「そこからしか、始まらない」のも事実だ。
心得を伝えたところで、次は地図を持とう、という第2章。たしかに、どこへ行くのにも地図が必要。
では、どこへ行くのか。ここで「自分なりの仮説を立てよう」という事。これがまた難しい。なぜなら大抵の子どもの仮説は、周りの大人達が否定するからだ。
ここからが良い。仮説を立てても誰も信じてくれないものだ、それでもやり遂げて世の中を変えた凄い人達をどんどん紹介する。
ここがポイントだが、その人達が認められるのは、死んでしまった後だという事。
認められなくても、諦めなければ世界を変えることができるかもしれない。でも、それが何になるんだ?今目の前にいる人が認めてくれなければ。
わたし達はよく気をつけなければいけない。自分の周りの大切な人の仮説をうっかり踏み潰さないように。
自分が属する組織や、家族や友人にすら認められなくても諦めないでいられる何か。そんな何かに出逢えたら、ラッキーと思うしかない。そんなふうに教えてくれる人に出逢えることも、ラッキー。この本を読んでそう思った。
息子に授けて欲しいと言われたこの本のことを、たまたま学校の先生達と話していて、ふと思い出した。
先生だからって迷わないわけじゃない。むしろ先生だからこそ、学び続け、悩みながら、今できる最善の授業をするために教壇に立っている。一人の先生に書名を伝えてみると、ぜひ読みたいとのこと。嬉しくなった。
それが何になるんだ、と思うようなことから変わる事がたくさんある。誰もが認めるような目標でなくても、その時は成果でも業績でもないことを、諦めずにやり続けようとする志を大志と呼ぶのかもしれない。
How to being ambitious.
どんな風に吹かれても、しなやかに受け流しながら自分の信じる道を行く。できれば途中で気の合う仲間を見つけながら。今からでも。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?