9.推しが伝えてくれた言葉は今も私の宝物
noteを開くと毎回「今日のあなたに」から始まって並ぶ、たくさんの記事のタイトル。
いったいどんな法則で表示されるのかは知るよしもありませんが、「あ、この前読んだ記事とリンクしてるんだ」と納得したり、「おー、そのワードで来ますか!?」と意表を突かれたり。
時には???なテーマが混じっていても、おすすめの中に思わぬ嬉しい出会いが見つかるのは度々経験してますから、時間と気持ちの余裕に合わせて、できるだけ下までスクロールするようにしています。
つい先日、四つ目のおすすめテーマは、なぜか「推し」でした。
愛してやまない人やモノを語るパワーはすごいなー、と圧倒されつついくつか読ませてもらううち、そういえば自分にも「ずっと大好き」があったことに気がつきました。
そこからまたあれこれと思い出したので、またもやずいぶん昔のことになりますけれど、少しお話させてください。
昭和50年代の終わり頃、私は関西で大学に通っていました。
入学当初は寮に入りましたが、この寮というのが4人ひと部屋、ワンフロア10室、二階建てと三階建てが合わせて4棟というとても密な環境。
寮費は格安だし、同級生や先輩と一緒で毎日にぎやかなのはよかったですが、シャワーが空くまでスタンバイした状態で並んで待たなくてはいけないお風呂(これはかなりすごい光景💧)とか、フロア全体に響きわたる電話の呼び出し放送とか、今では考えられないようなことも少なくなかったです。
結局私は一年たたないうちにギブアップして、下宿に移ることに決めました。
そうして見つけたのは、学校から少し離れた場所にある古い町家の四畳半。寮とはうって変わってとても静かな部屋でした。
笑顔の優しいおばあちゃまが大家さんで、何とも耳に心地良い柔らかな関西弁は忘れられません。
引っ越しの日、たいして多くない荷物を運び終わり、いちばん最後にラジカセを部屋に置いた時は、ついに一人暮らしを始めるんだとすごく嬉しかったです。
ちなみにこのラジカセ、正式にはラジオカセットレコーダーと言うのだそうですが、カセットテープ愛好家には今でも使われていて、根強い人気があるのだとか。
まだCDも発売されていなかった当時、音楽を聴いたり取り込んだりするには、これが一番手軽な方法だったので、私もAIWAの赤いラジカセに卒業するまでお世話になりました。
さて、推しの話に戻ります。
ある日の午後、部屋で一人FMラジオを聴いていると、番組の中である女性シンガーがゲストとして紹介されました。
名前は稲葉喜美子さん。
年齢はすでに20代の後半ながら、デビュー間もない新人とのこと。へえ、珍しいと思っているところに曲が流れて、そのメロディーと歌詞を聞いた途端に、自分の中で何かがパンッとはじけたような気しました。
そのまま他にどう表現しようもなく、ただこの人の歌が好きという思いに捕えられて、曲が終わるまでの数分間、身じろぎもせず聴いていました。
それからは、稲葉さんのことが知りたくてラジオ番組をチェックしたり、イベント雑誌を読みあさったり、今思えば歯がゆくなるような方法で情報を調べる日々。
カセットテープのアルバムを買って聴き、どうしても生で聴きたくなって、大阪のブルーノートにも行きました。
好きな気持ちってまさにエネルギーの元。明日が来るのが楽しみになるような力がありますよね。
そして、もう少し後のライブに行った時にトークの中で聞いたのが、稲葉さんがご自身のことを指して言った
「たかが三十の小娘が」
というフレーズ。
これも胸にはまってしまって……
私はいつも見えない圧のようなものを感じて焦っていることが多かったから、たぶんこの言葉を聞いて、「人生まだまだ先があるんだから、慌てなくていいんだよ」と言ってもらったみたいに思えたのでしょう。
(実際、稲葉さんにはストレートにそういう歌詞の曲もあります)
それ以来、思うようにいかないことがある時、(三十の数字はその時々の年齢に合わせて増やし)心の中でつぶやくと、不思議に少し気持ちが落ち着きました。
私の推し活は、残念ながら大学卒業と同時に終わりました。
その後いつの間にかメディアで稲葉さんの名前を見聞きしなくなって寂しく思っていたところ、数年前にネットの検索で消息がわかり、最近になって本人が投稿されていたらしいSNSにもたどり着きました。
でもわかったのはそこまで。
今は表現する人と受けとる人の距離がとても近くなって、発信する場も方法も多様に変わりました。
こんな時代がもう少し早く来ていれば、稲葉喜美子さんという稀有な歌い手の声を、もっともっと長く聴くことができたはず。
そう考えると、悔しくて切なくて残念でたまりません。
それでも稲葉さんは今も変わらず私の大切な推し。
あの頃は届ける術がなかったこの気持ちを、巡りめぐってお伝えできればと願っています。
どうかお元気でいてくださいますように。
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