東京、港区白金台、松岡美術館を訪ねて
二週間ほど前。真夏の気配漂う午前10時、松岡美術館を訪ねた。
現在、企画展『レガシー 美を受け継ぐ モディリアーニ、シャガール、ピカソ、フジタ』が開催されている。もちろん常設展も楽しみだ。
目黒駅からバスに揺られること約5分。瀟洒な建物が並ぶ静寂の中に降り立つ。高級住宅街として知られるこの街に相応しい佇まいで、美術館は在った。前庭の見事な枝ぶりの二本の木が、静かに、しかし威風堂々と我々客人を迎え入れてくれた。圧倒的な存在感に一瞬目を奪われた。
松岡美術館は、1975年港区新橋で産声を上げる。創設者である松岡清次郎氏は約半世紀をかけて美術品を蒐集、晩年に、
『優れた美術品は一般に公開し、一人でも多くの美術を愛する人に楽しんでいただこう。(中略)そうしてこそ私のこれまでの蒐集が意義を持つのではないか』(松岡美術館ホームページより)
と考え、美術館設立を決意したという。その後、2000年に私邸跡地である当地に新美術館がオープンした。
正面玄関を入ると高く吹き抜けになっており、大きな彫刻が目に飛び込んでくる。突き当たりにある大窓の向こうには、美しく整えられた庭が見え、まるで縁取られた絵画のようだ。どの季節に訪れても、折々の色彩が楽しめそうだ。
企画展は2階。一点一点ゆっくり見て回ると、松岡氏は、鮮やかな色彩を好んだのではないだろうかと感じる。はっきりとした色合いの作品が印象的だ。
『唐三彩〜古代中国のフィギュア』と題した企画展も同時に開催されていて、こちらにもやはり色彩豊かな陶器の馬たちが、美しく配されている。これらは唐代の頃、死後の新たな暮らしのお供にと考え、お墓に入れられた物だそうだ。
再び階下へ。1階には、三つの常設展示室がある。
一番奥は古代東洋彫刻。ガンダーラの仏教彫刻、ヒンドゥー教神像などが展示されている。
真ん中には、西洋近現代彫刻。ジャコメッティやヘンリー・ムアらの手による作品が所狭しと並ぶ。
驚きは、入口を入ってすぐ右手の、古代オリエント美術。明かりを極限まで落とした薄暗い部屋の奥には、プトレマイオス王朝の木棺がガラスケースに収められて鎮座している。壁側は、ヘレニズム文化や古代エジプトの出土品だ。遥か彼方、世界史の授業で習った紀元前の話を想起させる。これは目を見張るコレクションだ。
松岡氏の美術館設立への思いのお陰で、私たちは決して目にすることがなかったはずの、文化を垣間み、文明の結実した“本物”に、まさに悠久の時を超えて会うことができるのだ。これは、世界中の全ての博物館や美術館に言えることであり、その作品たちは、唯一無二の存在だ。
帰宅後、美術館のホームページを改めて眺めていると、『松岡清次郎私邸』と『現美術館外観』の写真が並べて紹介されていた。見比べると、美術館のあの二本の木は、その形から、元々松岡邸にあった木だと見て取った。あの木から感じた威厳ある風情の理由が、しっくりと私の腑に落ちた気がした。