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季節外れの雪?かと思ったら、木の生命力🌲   

 ここ数日の間、毎日、ほぼ同じ時間帯に歩く道がある。北海道庁旧本庁舎、通称 “赤れんが庁舎” 前の通りだ。
 現在、この建物は、改修工事の真っ最中。四角い巨大な箱型に足場が組まれ、実物大の赤れんが庁舎が描かれた幕で覆われている。だから、今観光に来ても、見えているのは、絵。

 その通りを毎日歩くのは、入院中の父に会いに行くためだ。入院して今日で1週間。私は数日前に実家に駆けつけ、それから毎日通っている。しかし、面会者に与えられる時間は、わずか15分。文句を言うわけではないが、せめて30分、いや無理なら20分でも良い。とにかく、もう少し時間が欲しい。
 今日も、ちょっと顔を見て、耳で話を聞きながら、手はその辺りを片付ける。汚れ物を受け取り、新しい下着を棚に納めた。足りないものはないかと尋ねながら、繋がらなくなったと父が訴えるiPadのWi-Fiを繋げる。そんなことしてたら、15分なんてあっという間だ。

 90歳と高齢になった父のことだ、そんなルールはすぐに忘れて、「じゃあ、そろそろ帰るね。」と私が言うと、一瞬、“えっ、もう?”という感じで驚いて、“あ、そうだったな” と納得、エレベーター前まで見送ってくれる。退屈を通り越して、溶けてしまいそうだろうと、さすがに気の毒になる。

 実は3月にも、父は同じ病院にお世話になった。その時も、私は同じ道を通って何度も面会に行った。

 しかし街の様子は一変した。

 3月はまだ雪がちらつき、わずかながら残雪もあった。しかし、今は暑くもなく寒くもなく、ちょうど良い季節。赤れんが庁舎の辺りに来ると、木々が生き生きとしている。近くには北大植物園があり、この一帯は比較的緑が多い。
 青々とした若い葉が目に眩しい。耳を澄ますと、風に遊ぶ若葉の歓声が聞こえてくるようだ。だんだんと夏へ近づいていくのを五感で感じ取ることができる。

 ふと、白いものが横切った気がして目で追った。「雪?」と一瞬思ったが、違う。綿毛が飛んでいるのだ。駅から歩いて来たけれど、ここに来るまで気づかなかった。よく見ると、盛んに飛んでいる。ふわふわと舞うもの、舞い降りて地面を転がるもの。どこからともなく降ってくる。まるで季節外れの雪のようだ。

 これは、ポプラの綿毛。5月末から6月にかけて、こうして天空から降ってくるみたいに、ふわふわ舞うのだそうだ。

 ということは、この辺りにポプラの木があるのだな、と思うのだが、どれがポプラなのか直ぐにはわからなかった。でも確か、すっと高く成長する木で、北大構内のポプラ並木は有名だ。もしかしたら、赤れんがの正面交差点近くにある、あの高い木がそうなのか、あの木から降ってきているのかもしれない。

 病室に着いて、父に綿毛の話をした。すると父は、
「それは木の生命力だな。」
と言った。
 私は綿毛が飛んでいた、と話しただけなのに、何故木の綿毛だとわかったのだろう、少し不思議に思った。しかし直ぐに、新聞に書いてあったのだなと想像できた。父は今でも新聞を隅から隅まで読む。元新聞記者、ジャーナリスト魂の塊のような人だから。
 それとも、ここ北の大地に生きる人にとって、この時期のポプラの綿毛は常識なのかもしれない。

 ポプラの木は、その生命力を父にも分け与えてくれたようで、父はすっかり元気になり、早々に退院予定だ。入院の度に脚力が衰えるのは心配だが、ポプラの綿毛がふわふわ舞うが如く、ゆったりのんびり、また歩いて行きましょう、お父さん。

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